第294話 カズサちゃんからの相談

「アズはここで待ってて。レイがもし来たら引き留めておいてね」

「ん、分かった」


 気にはなったが、ひとまず様子を見る事にした。

 もし荒事ならすぐに動けるように心構えをする。


 カズサちゃんは立ち上がり、入口の方へと向かう。

 足音はいつもよりずっと荒い。苛立っている証拠だ。


 仕切りを押し退けていく背中を見送る。

 少しして入口が開く音がした。


 ここは聞き耳を立てずとも、十分音が聞こえる。


「どなたですか?」

「こんにちは、カズサさん。お忙しいところ失礼しますよ」

「ちょっと、入れなんて言ってない」

「まあまあ。玄関くらいはいいじゃないですか」


 男性、それもやや高い声が聞こえる。

 話し方が少し不愉快に感じた。あのいやらしい神殿騎士のエヴリスと似ている気がする。

 目の前で死んだので、似ているだけだと思うが。


「私には用事なんてない。さっさと帰って」

「つれないことを言わないでください。貴女にとっても大変いいお話なんですから」

「信用できないって言ってるの!」


 カズサちゃんの大きな声が教会内に響く。

 レイ君がその声を聞いて何事かと顔を出してきたので、私は人差し指を立てて口に持っていき、シーっとジェスチャーをした。

 確かにあの様子だとレイ君を同席させるのはよくない。


「大丈夫だから、あっちでお勉強してようね」

「うん……」


 あまり納得はしていないようだが、いうことを聞いてくれた。

 聞き分けの良い子だ。


「この場所はね、ちゃんとした契約をして借りてるっていったはずだよ」

「ええ、ええ。分かってます。ですが、持ち主の方は手放してもいいと……」

「それは私がうんと言ったら、でしょ。何も知らないと思って。高齢で管理するのが難しいから、それも込みで借りてる」

「まったく、強情な方だ。立ち退き料もお支払いするといってるのに」

「金貨五枚でよくそんなでかい顔できるね」


 金貨五枚。

 ここの家賃が月にどれだけかかるのかは分からないが、条件はそれなりにいいのだろう。

 わざわざそこから立ち退きを要求するにしては少ない額だ。


 まして、今手元には金貨五百枚の価値がある手形を持っているから猶更だ。


「十枚、それでどうですか? 新しく借りる家も手配しましょう。家賃もなるべく抑えますから」

「あんた達の噂も私は聞いてる。強引にこういう寂れた場所を買い集めてるって。何をしているのかは知らないけど、私は出ていく気はないよ。信用できないし」

「私が下手に出ているうちに応じて頂けると、お互い幸せだと思いますがね」

「今度は脅し? ふん、あんたより魔物の方がよほど怖いよ」


 カズサちゃんがそう言うと、しばらく沈黙が流れる。

 彼女はポーターとはいえ、場数はくぐっている。

 自衛できる程度の戦闘力も持ち合わせているので、普通の成人男性相手なら怖気づくことはない。


「はぁ、今回は失礼します。近くの古い家はお売り頂けました。後はここだけということをお忘れなく」

「帰って」


 入口の扉が閉まる音がする。


 カズサちゃんがこっちに戻ってきた。


「塩撒いて塩! 勿体ないからやっぱりなし!」

「お疲れ様」

「アズには聞こえちゃったか。ここじゃ仕方ないね」

「あはは……」

「ここを借りて、しばらくしたら来るようになったの。この辺はちょっと人も少ない地区でしょ。空き家なんかも多くて。そういう家を土地ごと買い上げてるみたい。さっきの言い分だとここ以外はもう買い終わったみたい」

「何のためなんだろう」

「さぁ? 最初は土地を均して大型施設でも建てるのかと思ったけど、王都ならまだしもここじゃあんまり意味ないし……。建て替える訳でもなく、むしろ補修して外から見えなくしてて嫌な感じ」


 ご主人様なら何をしているのか分かるのだろうか。

 やっぱり近くにいて欲しい。

 だが、頼りになる主人も仲間も今は居ない。


「一応聞くけど、出ていくのはダメなの?」

「……ああは言ったけど少し考えてる。私だけならともかくレイもいるし」

「声だけしか聞こえなかったけど、いやな感じの人だったね。なんか嫌がらせとかしてきそう」

「だよね。いちいち上から言ってくるし、金貨十枚ならしばらく宿暮らしのお金にはなる」


 そうカズサちゃんは言うが、顔は納得していないのが見え見えだった。

 できればカズサちゃんに力になりたいが、勝手に行動してご主人様に迷惑をかけられない。


 今でこそ比較的自由に行動しているが、私は奴隷なのだ。

 もし襲われたりすれば、自衛のためにいくらでもやりようはあるのだけど。


「はぁ。食事の途中じゃなくてよかった。シチューがマズくなるところだったよ」

「やっぱりこれ、あった方がいいんじゃない?」


 すっと手形を持ち上げる。


「そのお金を受け取ると、何か大事なものを失いそうな気がする。やっぱりいらない。ああ、でも」


 カズサちゃんは少し言いにくそうにした。


「アズが居るのはカサッドだっけ? 最近は結構栄えてるよね。ここは王都の食糧庫みたいなもんだから、食べ物には困らないけど発展もゆっくりなの。空き家が多いのも若い人は移動しちゃうから。代わりにここみたいに安く借りれたりするけど、それも変な連中が買い占めてるし」

「そうみたいだね」


 衛星都市ルーイド

 ここは広大な穀倉地帯を持ち、それを王都に卸すことで成り立っている。

 余った穀物で家畜を育て、その家畜が畑を耕す。

 王都の人口が増え続けている理由は、この都市が果たしている役割が大きい。


 穏やかな日々だが、刺激はない。


 それに、国が相手では安定はしていても特別儲かる事はない。

 飢饉に備えて常備される穀物の値段は市況と違い、そう簡単には変わらないからだ。

 ご主人様がそう話していたのを覚えている。


「でさ、お金は受け取らない代わりに、カサッドに住む手助けをしてくれないかなって思って。もちろん、お金とかは自分で出すよ。ただ紹介もなしに家は借りられないからさ。ここも大分苦労して見つけたから」

「そういうことなら、相談次第だけど聞いてみる価値はあるかも」

「ほんと?」

「うん。あんまり期待はしないで欲しいけど」

「ダメで元々だから! ありがとう」


 そう言ってカズサちゃんは抱き着いてくる。

 よほど嬉しかったのだろうか。


 金貨五百枚と引き換えならあの人は喜んで手配するだろうなと確信する。


「そうだ、今日は泊まっていきなよ。色々話したいこともあるし」

「いいの?」


 宿で一泊も考えていた。

 宿泊許可も貰っている。

 ここで寝泊まりできるなら節約にもなって一石二鳥だ。


 それに、先ほどの人達が気になるし、今日は一緒に居た方がいいかもしれない。

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