第293話 妙案を思いつきました
カズサちゃんはハッとして私の袋を押さえていた手をゆっくりと放す。
「大声出してごめん」
そう言って私に頭を下げて、気まずそうにコップからお茶を飲んだ。
私も同じようにコップに口をつける。
既に中に入っていたお茶は冷めきっていた。
「新しいのを入れるね」
そう言ってカズサちゃんは立ち上がって全員分のコップを掴むと、逃げるようにして背を向けた。
気まずい沈黙が流れる。
スプーンが食器に当たる音だけがうるさく響く。
会話の無くなった食事は驚くほど早く終わってしまった。
こんな雰囲気にするつもりじゃなかったのに。
どう話しかければいいのか分からない。
友達と呼べるのはカズサちゃんが初めてだったので、こういう時どうすればいいんだろう。
つい視線が泳いでしまう。
怒らせてしまったのだろうか。
「お姉ちゃん、これ食べようよ」
「なに?」
お湯を用意していたカズサちゃんは、少し苛立たしげな声でレイ君に反応する。
「アズさんに貰ったお菓子だよ。とっても美味しいんだ。ちゃんとお姉ちゃんに取って置いたんだよ」
褒めて、と言わんばかりの笑顔だった。
この笑顔にはカズサちゃんもそれ以上何かを言う気は起きなかったようだ。
「はいはい、分かったから。ほら、おかわりを入れたから一緒に食べよ。アズもね」
「うん」
三人で焼き菓子を分け合って食べた。
それなりの量を買ってきたのだが、私も含めて食べ盛りの年頃だ。
シチューとパンをお腹いっぱい食べたはずなのにぺろりと平らげてしまった。
「甘いものは久しぶりに食べたかも。そういえばあの時も食べ物貰ったよね。餌付けされてるみたい」
「餌付け! そんなつもりじゃないよ」
「変な言い方しちゃった。美味しかったってこと。ありがとね」
そう言ってカズサちゃんの顔に笑顔が戻る。
レイ君に助けられた。
ウィンクを送って感謝を伝える。
レイ君は不思議そうな顔をして私を見た。
どうやらただお菓子を食べたかったようだ。
まあ、そうだよね。
食後の温かいお茶を飲んで一息つく。
雰囲気も大分和やかに戻った。
「ご馳走様でした。とっても美味しかったよ」
「そうかな? 二人になってからはずっと私が作ってたから大分上手になったかも」
「最近料理の手伝いをしてるけど、こんなに美味しく作れないよ」
「じゃあ今度教えてあげる」
「うん、お願い」
エルザさんはしっかり教えてくれるのだけど、機会はどうしても限られる。
教えてもらう機会は多い方がいい。
それでご主人様に食べてもらって、美味しいといって貰いたいなと思った。
おっと、役目を忘れるところだった。
「カズサちゃん、話を戻して悪いんだけど……」
「うん、続けて。あ、レイ、寝るなら奥に行きなさい」
「はーい」
レイ君は目をこすりながら仕切りを開けて部屋を移動する。
そして二人だけになった。
他人と二人だけになると普段は緊張するのだが、カズサちゃんは友人だからかそこまで緊張しない。
先ほどの繰り返しにならないようにカズサちゃんの様子を窺いながら話を進める。
人の顔色を窺うのは慣れたものだ。
ご主人様の元に来てからはあまりしなくなったが、まだ癖になっている。
一度ご主人様に気分が悪いからやめろと言われたのを思い出す。
「このお金はカズサちゃんの分だよ。嘆きの丘で別れる時にそう言ったし」
「確かにそうだけど……最初から一緒に居たならもちろん受け取ったよ。風の迷宮の時はそうだったし」
「もうずいぶん前な気がする。そうだったね」
あの時は最初から頭割りでカズサちゃんを勧誘した。
色んな出来事があったものの、無事に帰還して戦利品を分け合ったものだ。
「私はポーターで戦いの役には立たないけど、だからこそ分別はしっかりするようにしてる。嘆きの丘でパーティーを組んで私だけ生き残って、そこから助かっただけでも奇跡なの。分配自体は私が預かっていたものも含めてだから抵抗はなかったよ」
カズサちゃんはそこまで喋り、喉を潤す為かコップに口をつける。
「そのお金だけで十分な額になって、ここも借りられたんだ。耐魔のオーブだって、大した価値はないと思ってた。金貨十枚くらいかなって。金貨五百枚なんて、死んでいったパーティーの人達にも申し訳なくて受け取れないよ」
「そっかぁ」
気持ちは分かる、とまでは言えなかった。
ただカズサちゃんの何かしらの琴線に触れてしまうようだ。
一人だけ生き残った事に罪悪感があるのかもしれない。
このままではお使いは失敗だけど、押し付けるのも違う気がする。
ご主人様ならどうするだろうか。
上手く解決すると思う。お金が関わる事だし。
できればカズサちゃんの為になるように……。
ああ、もっと勉強をすればよかった。
このまま持って帰るしかないのだろうか。
持って帰る、か。
そうだ。良いことを思いついた。
「じゃあ、預かっておくね。それならいいでしょ? 本当に困ってお金が必要になった時に、来てくれたら渡すということで」
「それって同じじゃないの?」
「違うよ。カズサちゃんが要らないなら取りに来なければいいんだよ」
自分のことながら天才かと思った。
褒めてあげたいぐらいだ。
カズサちゃんも咄嗟に言い返さず、考え込んでいる。
「たしかにそうかも……そうなのかな?」
「私がお世話になってるお店に預けるから、場所はここね」
袋の中にあった羊皮紙を取り出して、カサッドの簡単な地図を描く。
なんだかんだとそれなりに過ごしていたので勘で描ける。
「お店の名前はハナンっていうの。そこのオーナーの人にお世話になってるから、こういうことも頼めばやってくれるよ」
たしかそんな名前だったはず。
嘘は言っていない。
「お世話になってる、ねぇ。楽しそうに話すじゃん」
「えっ、そうかな?」
どうやらカズサちゃんからはそう見えるらしい。
心なしか鼓動が激しくなったかもしれない。
何か言おうと口を開く前に、入口の鈴がなった。
先ほどまで笑顔だったカズサちゃんの顔が引き締まる。
招かれざる客のようだ。
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