第292話 そんな大金受け取れない
しばらくレイ君と話をしながら待っていると、入口の扉が開く音がした。
「ただいま。レイ? いる?」
どうやらカズサちゃんが帰ってきたようだ。
レイ君が席を立って迎えに行く。
「お帰り、お姉ちゃん! お客さんが来てるよ!」
「お客さん? ちょっと、私がいない時は開けちゃダメっていったでしょう!」
「ごめんなさい。お姉ちゃんかと思って……」
「もう、そんなこと言ったら怒るに怒れないじゃない。でも次からは出ちゃダメだからね」
仕切りだけしかないので声がこちらまで届いている。
家族の会話を聞くのも悪いかなと思ったが、これは不可抗力だろう。
足音が二つこっちに向かってくる。
仕切りを開けて私がいる部屋にカズサちゃんとレイ君が入ってきた。
部屋に入った時はカズサちゃんの表情は少し険しかったが、私の姿を見た瞬間ホッとした。
「誰かと思ったらアズだったんだね。よかった」
「久しぶり。カズサ」
私は立ち上がってカズサちゃんと握手をする。
会うのは嘆きの丘で別れて以来だけど、初めての友人ということもあって特別な存在だ。
「ちょっと待ってて。これ出してくるから」
カズサちゃんはそう言って買い物袋を私に見せる。
バケットが袋から顔を覗かせていた。
「あ、よかったら昼ごはん食べていく?」
「いいの?」
「もちろん。アズは命の恩人だからね。それに最近は稼ぎが良くなってきたんだ」
「あれは私だけの力じゃないけど……うん。ならご馳走になろうかな。手伝うよ」
「そう? ならお願いしようかな。レイはまだ今日の勉強がまだ終わってないでしょ。片付けてきなさい」
「はーい」
レイ君は別の部屋に移動していった。
私は立ち上がり、カズサちゃんについていく。
仕切りを幾つか通過すると、簡易キッチンになっている部屋があった。
「こんな場所で驚いたでしょ」
「そんなことはないけど……」
少し目が泳いでしまった。
こんな古びた教会に寝泊まりしているとは思わなかったから。
ただ、実際に中に入ってみると仕切りのおかげがそれほど違和感を感じない。
教会特有の並べられた椅子もないし、奥の神様の像も仕切りで見えない。
ただ声に関しては筒抜けなので、家族としか住めないだろうなとは思った。
「あ、言っておくけど勝手に住み着いてる訳じゃないからね。ちゃんとお金を払って住んでるんだから」
「そんなこと思ってないってば」
「分かってるよ。でも一応言っておかないとね」
カズサちゃんはそう言ってニッと笑った。
相変わらず朗らかな笑顔だった。
つられて私も笑顔になる。
この明るさが羨ましいなと思った。
「じゃあ、これ切って貰おうかな。おまけで牛乳貰ったから、それで煮込むよ」
「これだね。大きさと形は揃えた方がいい?」
「うん。レイが食べやすいように小さくしてね」
「分かったよ」
カズサに渡された野菜を小さくカットしていく。
料理の練習をしていて良かった。
手際がいいとはまだ言えないが、しっかりと作業することが出来る。
カズサちゃんは大きな土鍋を用意して、薪ストーブに火をつけてその上に土鍋を置いた。
どうやらかまどの代わりにしているらしい。
教会にかまどなんてなかったのだろう。
寒い今の時期なら部屋も温まるしいいアイデアだと思った。
そしてそこにバターを入れて、更に小麦粉を少しずつ混ぜていく。
それが終わったら土鍋に牛乳をそそいでいた。
とても良い匂いがしてお腹が減ってくる。
「すきま風は入ってこないんだけど、天井が高いせいでちょっと寒いんだよね、ここ。部屋全体なんてあっためられないからさ。もっと寒くなったら私とレイは多分ずっとこの部屋にいると思うよ」
「最近本当に寒いよね。朝起きるとベッドから出たくないよ」
「それ分かる」
そんな感じで話しながら料理を進めていく。
セロリに芋に、キャロット。
まず水を汲んだ桶の中で洗って汚れを落とす。
色とりどりだが形が不ぞろいな野菜たちを小さくそろえて切る。
「順番は気にしなくていいから切れたら入れていって」
「うん」
カズサちゃんの指示通りに切った野菜を土鍋に入れていく。
「さすが普段剣を振ってるだけあって上手いね」
「それ関係あるのかな?」
「どうだろ」
野菜を全て入れ終わる。
土鍋の中身はぐつぐつと煮え始めた。
そこへ塩漬け肉を薄切りにして入れていく。
「こうすると塩も入れなくていいし、味付けにもなるよ」
「便利だよね、塩漬け肉。野営の時とかスープに入れちゃう」
「定番ってやつだよね」
やがて具材に火が通る。
とろとろのシチューが完成した。
レイ君も匂いにつられたのか、こっちにきた。
バゲットが三等分にカットされ、皿に盛られる。
火傷しそうなほどに熱いシチューは寒い日にはもってこいだ。
フーフーと息を吐いて少し冷まして食べる。
それでも熱くて、口の中を火傷してしまった。
ああでも、本当に……。
「美味しいよ、カズサ」
ご主人様が作る料理とも違う、家庭の料理という感じが私の胸を熱くする。
しばし食べながら談笑する。
「そういえば、何の用事だったの? 聞き忘れちゃってた」
「ん、そうそう。これを渡しに来たんだ。前に耐魔のオーブだけ未精算だったから、それを渡しに来たの」
「あー、そんなこともあったね。忘れてた。正直、命を助けてもらった上で頭割りで清算してくれただけで十分すぎるんだけど」
「カズサのお陰で私も助かったんだし、受け取って欲しいな。皆も承知してるし」
うーん、とカズサちゃんは唸った。どうやらあまり受け取りたくないようだ。
「一応聞くけどいくらで売れたの? 金貨百枚くらい?」
「二千五百枚だよ」
「……え?」
カズサちゃんは目を点にしてスプーンを地面に落としてしまった。
「えと、仲介料とかいろいろあって、頭割りで一人五百枚かな。これ」
そう言って私は手形を袋から出そうとする。
しかしカズサちゃんは凄い勢いでそれを止めた。
「も、もらえるわけないじゃん!」
カズサちゃんの大声が響く。
天井が高いせいかよく通った。
「お姉ちゃん、声が大きいよ」
「レイは黙ってて! そんな大金、私はそんなに貰えるようなことはしてない」
ハッキリとそう言った。
私はすんなり受け取って貰えると思っていただけに、呆気にとられてしまう。
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