第291話 カズサちゃんの弟
ご主人様に断りを入れて、外に出る。
「アズ、一人で大丈夫か? エルザなら連れていっても構わないが」
「大丈夫です。私も色々と慣れてきましたし」
過保護なほどに心配されている。
でもお使い位は一人で出来る、はず。
荷物入れにはちゃんと預かった手形が入っているか確認する。
この手形は金貨五百枚分の価値がある。失くしたでは済まされないので気を付けないと。
カズサちゃんの家はポータルを利用してまず王都に行かなければならない。
冒険者証があるのでそれを使ってポータルの申請を行い、移動する。
この寒い中にわざわざ遠出する人はいないようで、並ばずに利用することができた。
最近何度もポータルで移動したからか、この不思議な感覚にも慣れてきた。
出口に到着する。
王都に一人で行くのは初めてだ。
少しだけ緊張しながら足を進める。
王都は以前見た時と同じく、建物は立派で威厳と歴史を感じる。
同じ都市でもカサッドとは大違いだ。
ただ、アーサルムは更に凄かった気がする。
王国で最も豊かな都市と聞いていたけど、王都と比べても確かに立派な都市だった。
王都はカサッドより少し寒い。
上着を着ていて良かった。
この寒さなのに街の人通りは多い。
それだけたくさんの人が住んでいるのだろう。
王都から外に出る。目的地は王都の衛星都市だ。
少し見て回りたい気もするが、まずは
以前来た時はまだ色んな事に慣れるのに必死で、都市の名前までは憶えてなかったけど確か都市の名前は……。
思い出した。衛星都市ルーイド。カズサちゃんが暮らしている都市だ。
衛星都市というだけあって王都より近い。
しばらく歩けば到着した。
ルーイドは王都の畜産や農業の役割を担っているようで、暮らす人もどこかのんびりしている。
城門もなく、大きな柵がその役割を果たしていた。
門番の兵士に冒険者証を見せると、サッと見るだけで通してくれた。
どうやら問題自体がほとんど起こらない都市のようだ。
以前教えてもらった住所を書いた羊皮紙を取り出す。
番地らしきものが書かれているので、門番の兵士に尋ねてみると親切に詳しく教えてくれた。
西の端にカズサちゃんは住んでいるようだ。
兵士にお礼を言って、途中の店で焼き菓子の盛り合わせを購入する。
弟が居るといっていたので、きっと喜ぶだろう。
この位の小遣いはご主人様から貰っている。
目的地へと移動すると、だんだん道行く人が少なくなっていく。
それに伴って周囲の景色も寂れたものになっていった。
カサッドのスラム街を思い出すが、あそことは違い寂れているだけで掃除は行き届いており、ゴミなどは散らかっていない。
単にこの辺りに住んでいる人が少ないのだろう。
さらに進むと寂れた教会があった。
太陽神教のものではなさそうだ。
屋根の十字架は朽ちており、相当な年月が経過しているのが分かる。
教えてもらった場所はここだ。
教会を寝床にしているのだろうか。
少し迷って、入口の扉をノックしようとすると、先に扉が少し開いた。
そこには幼い少年がいた。
「どちらさまですか?」
「カズサちゃんはいますか?」
「お姉ちゃんは今留守にしてます」
少年は少し警戒している様子だった。
どうやらカズサちゃんは留守のようだ。
困ったな。
「うーん、じゃあ帰ってきたらアズが来たって伝えてくれるかな?」
「分かりました。アズさん、ですね。お姉ちゃんから名前は聞いた事があります」
どうやら名前はしっているらしい。
警戒も解いてくれた。
「いつ頃戻るか分かるかな?」
「買い物に行ったので、そんなにかからないと思います」
「そっか。じゃあちょっとどこかで時間を潰そうかな……」
「あの、よければうちで待ちますか?」
そう言って少年は大きく扉を開いた。
どうやら招いてくれるようだ。
「なら、お言葉に甘えてお邪魔します」
「どうぞ。お姉ちゃんがとてもお世話になりました」
少年がそう言って頭を下げる。
それから古びた教会の中に入った。
「あっ!」
「どうしたの?」
「名前を名乗ってませんでした。僕はレイっていいます」
「レイ君だね。よろしく」
そう言って笑顔を向けるとレイ君は照れるように歩く速度が速くなった。
相手は少年だけど悪い気はしない。
中は思ったより教会っぽくなかった。
仕切りを使って大広間をいくつもの部屋に区切っている。
天井が高いことを除けばそんなに違和感はない。
「飲み物をどうぞ」
そう言ってレイ君は水瓶からコップに水をそそぐ。
それを受け取って一口飲んだ。
冷たいが、悪くなっていたり埃っぽさはない。
毎日取り換えている証拠だ。
(三日経ってる水の味は酷かったなぁ)
ふと昔の記憶がよみがえる。
あの頃は家の為に水を汲んでも、その水を分けてもらえず古い水を飲むしかなかった。
体調を崩すこともよくあった。
身体が弱いのかもしれないと思っていたのだが、ご主人様に拾われてからは健康そのものなのでやはりあの環境が劣悪だったのだろう。
「そうだ。これお土産として買ってきたからどうぞ」
私は焼き菓子の盛り合わせを取り出し、レイ君に渡す。
すると効果は覿面だった。
目を輝かせて焼き菓子の盛り合わせを見ている。
今にも食いつきそうだが、自制している。
この歳で大したものだと思う。カズサちゃんの教育がいいのだろう。
……親がいるかは聞いてなかった。
この様子では、多分二人で暮らしているのではないだろうか。
「ちょっと食べちゃおうか?」
「いいんですか!」
「うん。その代わりカズサちゃんのこと教えてくれると嬉しいな」
「分かりました」
籠に盛られた焼き菓子の一つを取り出してレイ君に渡すと、ちゃんとお礼を言って食べ始めた。
そのまま二個三個と瞬く間に食べ終わり、それからコップの水を一息で飲み干した。
「美味しかったです。ありがとうございました」
「まだあるよ?」
「後はお姉ちゃんの分です。多かったら分けてもらいます」
「そっか。レイ君は偉いね」
本心から出た言葉だった。
カズサちゃんが運び屋という仕事を熱心に頑張っている理由が分かる。
それからはカズサちゃんのことを色々と聞いて帰ってくるのを待った。
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