第290話 模擬戦

 次の日、さっそくラミザの店から肥料が届けられた。

 定期便に追加という形なので余分な運賃もかからなくて経済的だ。


 届いた荷物の仕分けを終わらせて、肥料を持ち上げる。

 そのまま裏庭に出ると、アレクシアとフィンが殴り合っていた。


 何事かと思ったが、よく見てみると怪我をしないように手には布が巻かれている。

 それにエルザとアズが椅子に座って観戦していた。


 どうやら訓練の一環のようだ。


 アレクシアがフィンに対して畳み掛けるが、フィンはそれを見事に回避する。

 体勢的にどうしても回避できないものだけを防御する。


 アレクシアとフィンにはかなり対格差があるので、防御してもなおフィンが後ずさる。


「馬鹿力ね! さすがは軍人貴族。魔力での身体強化もお手の物か」

「元ですわよ。それに、貴女こそピンポイントで防御してるじゃない。生身なら骨くらいは砕けるのに」

「模擬戦って分かってる?」


 フィンが呆れるように言うと、アレクシアはエルザの方に視線を向ける。


「腕のいい司祭が居るんだから、多少の怪我は問題ありませんわ。その方がいい訓練になるし」

「これだから軍人貴族は……頭まで筋肉なのか疑うわ」


 エルザはこっちに気付くと手を振って呼んでいるようだ。


 フィンとアレクシアも気づいたようだが、構わず模擬戦を再開した。


「おはようございます」

「おはようー」

「おはよう。で、ありゃなんだ?」


 挨拶もそこそこに、模擬戦をしている二人を指さす。


「寒いからといって部屋で縮こまるのもよくないということで、体をほぐしに裏庭に出たんです。ここなら四人でも多少運動は出来ますから」

「私は菜園の様子を見に来たんだけどねー? 疲れるのは嫌だから」

「エルザさんはいつもそう言って……もう、いざという時に困りますよ」

「あらら。その時は守ってね」


 エルザはそう言ってアズの頭を胸に抱え込んでしまう。

 胸に埋まってしまったアズは慌てて抜け出した。


「それがどうしてああなるんだ? フィンが付き合うのも意外だが」

「それが、アレクシアさんがフィンさんを挑発しちゃって」


 その光景がありありと浮かぶ。

 フィンはフィンで売られた喧嘩は買うだろうし。


「訓練も兼ねてということで手に布を巻いて、怪我がないように素手ということにしました。これなら大丈夫かなと思ったんですけど」


 アズがそう言った直後にアレクシアの拳が地面に当たり、大きな音と共に少しだけ揺れた気がする。


「大丈夫じゃない気がするんだが」

「あ、あはは。勝手にごめんなさい」


 ヨハネはふん、と息を吐いた。

 エルザも付いている事だし、武器ではなく素手なら怪我もないというのは分かる。

 問題はアレクシアが素手でも破壊力があることだが。


 あの細腕にどうしてあんな力があるのやら。

 魔物をいくら倒したといっても限度がある気がする。


「魔力ですよ、魔力。魔法で身体能力を強化してるんです」


 両手を組んで眺めていると、疑問を察したようでエルザが口を出してきた。


「魔法といえば四属性の魔法と思われがちですけど、身体強化魔法だってあるんです。アズちゃんだって使ってますよ」

「え、そうなんですか?」

「そうだよー。たぶん無意識にやってるんだね。魔力があるけど魔法が使えない人はそうなりがち」

「ふぁん。そういえばアズは最初は魔力なんて全くなかったからな」

「今では並みの魔導士位はあるね。ただやっぱり魔法は難しそう。水の精霊が補助してくれたらなんとか、かな」

「この子も自然に使える様になったのでよかったです。魔法は難しそうなので私には無理かな」


 アズはそう言って封剣グルンガウスの柄を撫でる。

 大百足から手に入れた武器だが、あれからずっとアズのメイン武器になっている。

 手入れも欠かさずにやっているようだ。

 真面目な性格は多少成長しても変わらない。


 反抗期を迎えても困るが。


「アレクシアちゃんは身体強化魔法が上手いです。小さな頃から訓練していたんだと思いますよ。魔力量もずば抜けて多いし」

「貴族様も大変なんですねぇ……」


 その攻撃をいなして的確に反撃するフィンの技能も大したものだ。

 攻めているのはアレクシアなのに、優勢なのはフィンに見える。


 蝶のように舞い、蜂のように刺す。といったところか。


 ただ的確なカウンターもアレクシアにはあまり効いていないようだ。

 アレクシアが右腕を振り抜いて隙を見せた瞬間、フィンの右足がアレクシアの顔を捉えた。

 鈍い音を立ててアレクシアの体勢が揺れるが、倒れない。

 そしてフィンの右足を掴む。


「チッ。参った。降参よ」

「あら、これからがいいところなのに」

「頑丈すぎるって。あいつなら首の骨折れてるくらいの力は込めてるのに」


 物騒な話をしている。

 アレクシアはフィンの右足を放すと、唇から垂れた血を拭う。

 少しだけダメージを受けたようだ。


「お疲れ様。それじゃあ治すね」


 エルザはそう言って癒しの奇跡を使用する。


「助かりますわ。素手だからいくらでも受けれますけど、武器ありだとこうはいきませんわね」

「当たり前だっての。素手対決って時点で相当なハンデなの忘れないでよ!」


 負けたからか少し不機嫌だった。


「ほら、これで機嫌直せ」


 ズボンに入れていた飴を渡す。

 フィンは無言で受け取ると、包みから飴を取り出して口に入れた。

 無傷だったようで、エルザの治療も必要ないようだ。


 アレクシアが作った地面の小さなクレーターを見る。

 これを相手に無傷だったのか。


 アレクシアの治療も終わり、ようやく本題に移る。


「これをここに置けばいいのか」

「はい。開拓地と同じ感じです。精霊用の台座は作っておきました。小さいですけどね」


 エルザがそう言って台座を裏庭の菜園部分に置く。

 そこに土の精霊石の欠片を乗せると、台座が一瞬輝いた。


「これで作物を育てる度に力を取り戻すはず。とはいえこれ位の菜園だと……」

「分かってる。これは繋ぎだ。冬中に土地を確保するさ」

「お願いしますね」


 さっそく肥料をまだ何も植えていない畝に混ぜる。


「あの、ご主人様」

「どうした?」

「今のうちにカズサちゃんに会ってきますね」

「いいだろう。任せたぞ」

「はい」


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