第289話 手作りの耳飾り

 それからいくつかの店をエルザにせがまれて冷やかすことにした。

 服や小物の店を見て回る。どこも季節柄冬物ばかりだ。


 なかには持っているだけで温かくなる指輪やペンダントも売り出されていた。

 魔道具というほどの価値はないが、ただのアクセサリーよりは高い値段がついている。


 エルザはそれらを一つ一つ手に取ったり眺めたりしている。

 だが、少しすると見るのを止めて次に行きましょうかと言って移動する。


「別に買ってもいいんだぞ」

「ご主人様、たぶん私達に差をつけたくないんですよね? それなら皆一緒の時にお願いしたいです。あ、いま皆の分を買ってくれるなら私のを選んで欲しいかな」

「ふむ」


 意識した事はなかったが、そう言われると確かにあまり三人の中で誰かを優遇したりはしていなかったかもしれない。


 最初に奴隷として買ったアズは特別だとおもっているものの、待遇面などは同じだ。

 誰一人欠けて欲しくはない。


「優しいですね。でも、その優しさが残酷な結末を呼び込むこともありますから、気を付けて下さいね。ああでも、ご主人様はやるときはやる人だから大丈夫かな」

「……買えってことだな」


 遠回りな催促だったようだ。

 意味深な事をいうからなにかと思った。


「ありがとうございますー」


 エルザはそう言ってまた右腕に抱き着く。

 柔らかい感触にはまだ慣れないものの、無理に引き剥がすこともない。


「店主、これを三つ包んでくれ」

「まいど」


 恰幅の良い店主が笑顔で三つの耳飾りを袋に包む。

 防寒効果のある赤い耳飾りの価格は他の品物より二割増しだ。


 それが一度に三つ売れたのだから気持ちはよく分かる。


「これ、オマケね」


 そう言って渡されたのは木彫り細工の雪だるまだった。

 丁寧に白く塗られて、目と口も色付けされている。


「あら、可愛いですね」

「そう? それワシの手作り」


 そう言って店主は得意そうな顔をした。

 器用なものだ。

 丸みのある部分は爪に引っかかるどころかすべすべに磨かれている。


「その耳飾りも自作なんだ。効果は値段相応だけど」

「趣味人だな、あんた」

「よく言われる。好きな物をつくってるだけなんだけどでも不思議と食えてるんだよ」


 はっはっはっ、と笑う。

 たまにこういう人がいるんだよな。

 少し羨ましくもある。

 自分で商品を考えることもあるし、実際にそれを作ることもある。


 だが、商人と職人はある意味対極に位置するものだ。

 考えた商品が売れるとなれば、それをレシピ化して外注してしまう。


 自分で作り続ける事は、ない。

 そういう生き方をする事はないだろう。だからこそ羨ましく思う。

 くだらないことを考えたな。

 商品を抱えて店を出る。


「またご来店ください。恋人のプレゼントならいいのが揃ってるよ」

「覚えとくよ」


 少し店から離れたら、エルザを引きはがす。

 あまり力を込めていないのは分かっていたので今度は簡単だった。


「あらら」


 袋から耳飾りを一つ取り出してエルザの左耳につけてやる。

 店主の手作りとのことだが、留め具もしっかりしていた。

 赤い耳飾りが金髪と美しい肌のエルザによく似合っている。


「どうだ?」

「あったかいです。本当に」


 エルザは両手で耳飾りを握りしめて微笑んだ。

 聖母のような、穏やかな笑みに少しだけ目を奪われた。


「こんな日が続けばいいですよね」

「そうじゃなくては困る。トラブルはごめんだからな。一番安定して儲かるのは平和な時なんだ」

「そうですね。……これはアレクシアちゃんも喜ぶでしょう。アズちゃんももちろんですけど」

「せっかく買ったんだ。季節にも合うからそうじゃないと困る。苦笑いされながら受け取られるのは辛いんだぞ」

「そういう経験があるんですか?」


 しまった。気を抜いて少し喋りすぎたな。

 エルザには関係のない事だ。


「少し遅くなってしまったな。早く帰ろう」


 話を打ち切り、店兼自宅に向かって足を進める。


「あ、待ってくださいー」


 エルザが慌てて追いかけてきた。

 ああ、寒いな。自分の分も買えばよかったか。

 もしくはエルザが抱き着いてくれた方が温かかったな。


 なくなって分かる温もり、か。


 帰り道で鈍い空から雪が降ってきた。

 出かける時は陽が覗いていた気がするのだが、いつの間にか天気が悪くなっていた。


 幸い、肩に少し積もる程度ですんだ。

 裏口から鍵を開けて入り、エルザと共に雪を落とす。


「お帰りなさい。温かい飲み物をすぐ用意しますね」


 アズが出迎えてくれる。

 チラリとエルザの耳に視線を向けた。だがすぐに視線をこっちに戻す。

 雪を落としたコートを預けると、アズは小走りでコートラックに移動して引っ掛ける。そうすると身に着けた下履きの音がパタパタと音が鳴る。


 小動物の様な動きが可愛らしい。


「どうぞ」


 二つのコップをお盆に載せて持ってきてくれた。

 湯気が立ち上っており、ほのかにリンゴの匂いが漂う。

 口をつけると、甘酸っぱい味が広がった。

 喉に熱い感触が流れていく。


 いつものリンゴ酢のお湯割りだ。落ち着く。

 子供の頃から飲んでおり、家に常備もしている。


 ……これが好きになった理由は、あいつだった。

 エルザの話でもつい思い出してしまった。


 ずっと忘れていたのに、今日はやけにちらつく。

 そんなヨハネに向かってアズが顔を覗き込む。


「どうしました? エルザさんに振り回されて疲れたとか?」

「もう、アズちゃん?」

「えへへ、冗談ですよ。怒らないでください」


 怒ったふりをしたエルザがアズを追い回し、アズはそれをひらりとかわす。

 そんな光景を見ていると、悩んでいるのが馬鹿らしくなった。


 コップをシンクに置き、買ってきた耳飾りを取り出す。


「アズ、ちょっとこっちに来い」

「今行きます」


 エルザとじゃれ合っていたアズがこっちに来る。

 手に取った耳飾りをエルザと同じようにアズにつけてやると、アズの顔が華やいだ。


「ありがとうございます。頂いていいんですか!?」

「三人分買ってきたからな」

「嬉しいです。それにちょっと寒さが和らいだ気がします」

「そういうアイテムだからな。寒い寒いといってたアレクシアにはおあつらえ向きだろ」

「ですね。絶対喜びます」

「だといいがな」


 アズと話しているうちに、再び記憶は埋もれていく。

 初めて恋仲になった女のことを。


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