第271話 効率よくってのはこうやるんだ
休憩も長すぎると暇を持て余す。
料理を始める時間になったので、どうせやる事がないので手伝いに行く。
屋台には山盛りの食材が積まれていた。
芋に緑黄色野菜に、塊肉。
全員の胃袋を満たすには、確かにこのくらいは必要か。
シェフはアシスタントと共にさっそく下ごしらえを始めていた。
ひたすら皮を剥いている。
こっちを見るなり、笑顔で迎え入れてくれた。
「あぁ、助かるよ……」
「こういうのは人手がいた方がいいからな」
「店とは違って、一気に用意しなきゃいけないのがこれほど大変とは」
「店だと注文が入ってから作るからなぁ。とりあえずこの辺の皮を剥いて細かくすればいいのか」
「頼む」
袖をまくり上げ、自前の包丁を取り出す。
そしてキャロットを掴んで皮を剥いていく。
アズ達の食事は基本的にヨハネが用意している。
金を稼ぐことに比べれば優先度は低いが、料理も実は趣味だ。
シェフに比べるとさすがに少し遅いが、手慣れているアシスタント二人と遜色ない速度でこなしていく。
エルザは料理の経験があるので手際がいい。
アズとアレクシアは少し苦戦していた。
「アレクシアさん、皮が分厚いですよ」
「アズこそ形が不ぞろいじゃないの」
「二人とも、変なところで張り合うな」
「あはは。大丈夫、慣れたら綺麗に出来るから」
「火の加減なら完璧なのに」
手を動かすと不思議と口も軽くなるのが不思議だ。
単純作業だと忙しくても頭の方が暇に感じるのだろうか。
「先に皮を全部剥くんですね?」
「こういうのは同じ作業を一気にやった方がいいぞ」
いい機会なので効率的な考え方でも教えておくか。
といっても、より早くより多く物事をこなそうとすると教わらなくても勝手に辿り着く程度の事だ。
下拵えしながらアズと向き合うように姿勢を変える。
アズは慌てて姿勢を正しているが、右手に包丁、左にキャロットではあまりしまらない。
「皮を剥いて刻む。これは工程が二つあるのは分かるか?」
「えぇと、はい。皮を剥いてから刻むからですね」
「そうだ。実際にやって見せるからちょっと見てろ」
そう言って新しいキャロットを取り出して皮を剥く。
そしてその後にみじん切りで細かくしてざるに入れた。
「同じ包丁を使った作業だが、皮を剥くのときざむのは大分違うのは分かるな?」
「言われてみるとそうですわね」
「なるほど」
アズはこくこくと頷く。
エルザとアレクシアの二人が覗き見してきた。
手は動かしているので放っておく。
「人間ってのは不思議なもんで、同じ作業を続けていると手が速くなる。アズが毎日やってる訓練だって同じだ。まあそれはいい。大事なのはテンポを崩さない事だ。違う作業挟むとテンポが崩れて時間の無駄が出る。一回毎にだ」
キャロットを掴み、皮を剥く。
ひたすらそれを繰り返す。
次々に皮の向かれたキャロットが山になっていった。
「だからこうやって同じ作業を終わるまで繰り返して、それから次の作業をやるんだ。そうすると作業の切り替えによる無駄がない」
そう言うとアズも言った通りに作業を始める。
最初に比べてペースが速くなった。
どれだけ強くなっても、こういう部分はまだ年相応か。
教育も責任をもってしなければならない。頭を使う事を覚えさせねば。
「後は分業って考え方も大事だな。今回は全員でやったが、皮を剥くのが得意なやつときざむのが得意な奴がいるならそれぞれ分かれてやった方がいい。例えば俺とエルザが皮を剥いて、アレクシアとアズが刻めばすぐ終わったんじゃないか」
今度は皮を剥き終わったキャロットを刻んでいく。
同じようにして他の野菜もすべて終わらせる。
後半はアズもかなり皮むきが上手くなった。
そしてアレクシアには皮むきはやらせない方がいい。
「こんなはずじゃ……」
「人間得意不得意があるから、ね」
エルザがアレクシアを慰めている。本職だから任せようか。
同時に大きな寸胴鍋に水を半分ほど注ぎ、火にかけた。
食堂のような場所ならともかく、こういう屋台で大勢の食事を用意する場合、メニューはどうしても汁物が入る。
食材の量が限られるので、普通の料理では一品の量が少ないのだ。
山盛りに見える食材も、提供する人数からすれば心許ない。
だがスープにすれば体も温まるし、パンと一緒に食べると腹も膨れる。
今回の献立は具沢山のスープに肉と芋の炒め煮。そこに白いパンが付く。
これはなかなか豪勢だな。
スープの味付けは塩と野菜の甘味だけだが、メインの味が濃いので丁度良さそうだ。
こっちはアズとエルザに任せておく。
肉と芋はシェフ達が下拵えを終わらせていた。
大きいが平たい鍋に四等分された芋を並べてこちらも火にかける。
味付けは秘伝のソースらしい。
「これなら任せて」
そう言ってアレクシアが魔法で火を起こす。
「いい火力だ。これなら上手く仕上がるな」
芋に火が通ったら、秘伝のソースに漬けた肉をソースごと鍋に入れる。
これは漂ってくる匂いだけで腹が減る。
肉の色が変わったら仕上げにパセリを振って終わりだ。
火を通しすぎると肉が固くなってしまう。
「もう火を止めるのか」
「強火で一気に仕上げたからな。後は余熱で十分火が通る」
「なるほど」
料理が完成すると、ちょうど昼時だった。作って終わりではない。これから配膳がある。
ヨハネは疲れたので岩に腰かけた。
下拵えをずっとやっていたので腕がパンパンだ。
同じ作業をしていたはずの三人は、平気な顔をして引き続き手伝いをしている。
後は任せてしまおう。
「平和だな……」
空は澄んだように蒼く、雲一つない。
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