第269話 開拓を進める

 開拓地点に到着すると、すでにまばらながら人が集まっていた。

 予定よりだいぶ早く到着したのだが、熱心なことだ。

 他にも仕事があるのにわざわざこの仕事を選ぶくらいだし、土いじりが好きな人達でもあるのだろう。


 クワドがこっちに気付くと近寄ってくる。


「来たな。紹介したあの宿は良かっただろう?」

「確かにいい宿だった。特に飯が良かったな」

「朝飯か。あれ目当てで俺も泊まりに行ったりするよ」


 仕事前に軽く雑談する。

 少し話した後で本題の仕事の話に移る。


「段取りを色々考えてきたんだ。連れの魔導士のお嬢ちゃんに聞きたいことがあってな」

「ああ」

「実際どの程度の範囲を耕せるんだ? 昨日と同じ範囲だけでもありがたいんだが」

「本人に聞かない事にはちょっと分からないな。アレクシア、ちょっと来てくれ」


 近くで休憩していたアレクシアを呼び出す。

 呼びかけに気付いてこっちに歩いてくる。


「なんですの?」

「昨日やってた土を耕すあの魔法、どのくらい使えるんだ?」

「そうですわねぇ。丸一日で昨日の3倍の広さはいけますわ。なんせ、あれがありますからね」


 そう言ってアレクシアは土の精霊石の方を見た。

 近くに精霊石があるだけで、やはり違うらしい。


「あの石? やっぱりあれは何かいいもんなのか?」

「ああ、ただの置物じゃないぞ」

「ふぅん」


 あまり興味が無さそうだ。クワドにとってはただの石にしか見えないのだろう。

 ヨハネとて、実物の精霊石を見た後だからはっきり分かるが、何も知らずに見せられれば普通の石とは少し違う事しか分からない。

 アズ達は違うようだ。


「しかし三倍か。凄いな……。本当なら全員で土を耕す予定なんだが、正直お嬢ちゃんが一人でやる方が早くてな。だからお嬢ちゃんが終わらせた場所を他の全員で次の作業を進めようかと思うんだが、どうだ?」

「いいんじゃないか? 手順は分からないから任せるよ」

「それじゃ、決まりだな。場所は指定するから、そこを頼む」


 測量図らしきものを丸めると、クワドはそう言って全員を集めて一日の作業内容を説明する。


 地面を耕す作業がアレクシアに集中したのを聞いて、少しざわついた。

 かなりの重労働から突然解放されたのだから、気持ちは分かる。


「怪我のないように作業してくれ! それじゃあ始めよう!」


 クワドの合図で各々が動き始める。

 指定された場所に移動してさっそくアレクシアが魔法で作業を開始した。

 今日は珍しく戦斧ではなく、杖を持っている。


 魔導士に専念するならやはり杖がいいようだ。


「杖を持つのも久しぶりですわね」

「そうやってると魔導士みたいだな」

「みたいじゃなくて魔導士そのものなんだけど……中衛にしたのは貴方でしょうに」

「バランスを考えると、その方がいいだろう?」

「アレクシアさんはどっちも本当に頼りになります」

「うんうん。本当にアレクシアちゃんは強いよねー」

「もう、そんなに褒めなくてもいいですわ」


 アレクシアは口を動かしながらも、魔法で土を耕している。

 昨日一日で慣れたのかペースが速い。


 それを眺めて思ったのだが、アレクシアが働いている間ヨハネ達はやる事がない。

 クワドからはこっちは耕せばいいとしか言われていないし、向こうを手伝おうにも十分人手がある。

 向こうは耕した場所に畝を用意しているようだ。

 その後は作物を育てられる状態になるという訳か。


 作業を始めたばかりなので食事の準備も必要ない。


「暇ならお喋りにでも付き合って。魔法を維持している間は結構暇なの。制御の難しい魔法でもないし」

「それぐらいなら。クワドも文句は言わないだろう」


 アレクシアの退屈を紛らわすために適当に話をする。

 喋っている内容は大したことはないが、話すだけでも息抜きにはなる。

 火の精霊がブローチから出てきて、土の精霊石の周りをうろうろと浮いている。


「同じ精霊だから気になるのかな?」

「どうなんでしょう? あ、水の精霊も出たがってます」


 アズがそう言った直後、水の精霊も表に出てきた。

 火の精霊と同じように、土の精霊石の方へ向かう。


「わぁ、凄いですね。三つの属性の精霊が一堂に会してますよ。後は風の精霊がいれば勢ぞろい」


 エルザは両手を握って楽しそうに語る。

 そういえばアズの使徒としての覚醒には精霊が必要という話だったか。

 説明されたが正直よく分からない事も多かった。


 色んな出来事の結果水と火の精霊が手元にいるが、これ以上は難しいだろう。

 土の精霊石はオークションで六千五百枚だった。

 耐魔のオーブの代金と店も含めて財産を処分してようやく手が届くかどうか。


 そこまでして手に入れたとして、それを使って稼ぐこともできない。

 今でもアズは十分強いのだしその必要もないだろう。


 しばしアレクシアの作業を眺める。

 するとアレクシアが土の魔法を使う度に、土の精霊石が僅かに反応している事に気付いた。


 そういえば火の精霊の時も似たような事があった気がする。

 魔法と精霊の親和性は高いようだ。

 ただ、アレクシアは火の魔法を得意としているので火の精霊の影響は大きかったが、土の魔法に関してはそれほど大きな影響はないらしい。


「少し土の魔法を使う時に楽な感じがするくらいですわね。土魔法が得意な魔導士を連れて来れば違うと思いますけど」

「そんなものか」

「ええ。でも少し補助があるだけでもいい感じよ」


 そうしている間に耕す場所の半分ほどが終了した。

 アレクシアの作業が早すぎて、畝の方が追いついていない。


「ずいぶん進んだな。ちょっと休憩しよう。休んでくれ」


 クワドがそう言ってきたので全員で休憩する。

 アレクシアに水を用意してもらい、それを飲む。

 精霊達はいつの間にか戻っている。


 菓子パンが配られたので、おやつ代わりに食べた。

 甘い。けっこう砂糖が使われてるな。

 予算が余っていると言っていただけあって、ちゃんとしてる。


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