第268話 ビュッフェのオムレツ
アレクシアの準備が終わったことを確認し、ドアを開けて部屋を出る。
開拓の仕事が終わるまではこの宿に住むつもりだ。貴重品は持っているが、他の荷物になるものは部屋に置いたままにしている。
この宿は風呂もあるしベッドも中々よかった。値段以上の価値がある。
寝具の質は睡眠に影響するので、あんまりケチると痛い目に合うことだし。
部屋を出た先ではエルザを引き連れてアズが待っていた。
「おはようございます」
「おう、おはよう。よく眠れたか?」
「あの、えっと……はい」
即答を想定していただけに、少し返答を考えこんだのは意外だった。
何がおかしいのかエルザは笑いをこらえている。
「何にもなかったですよー。だから深くは聞かないであげてくださいね?」
「そう聞かれると逆に気になるんだが」
視線をアズに向けると、アズは慌てて手を胸の前で交差させる。
「本当になにもありませんっ。ご主人様、早く行きましょう」
「分かった分かった。押すんじゃない」
そう言ってアズは背中から押してくる。
お喋りで少し夜更かしでもしたのかもしれない。
仕事に影響がなければ咎めるつもりはないが、成長期なのだし夜はしっかり寝て欲しい。
それを言うと、アズは素直に頷いた。
「エルザも、お前の方が年上なんだからその辺はしっかりとだな」
「あらら、私に矛先が向いちゃいました」
いまいち話を聞いているのかいないのか。
いざという時はちゃんとやるので心配していないが。
この宿は大部屋の利用者以外は朝食付きだ。
ビュッフェ方式になっており、食堂に様々な料理が並べられている。
名簿に名前を記入し、席をまずキープする。
朝早いからか、大分空いている。
料理も出来立てだ。
空の皿をとって、思い思いに料理を盛り付ける。
こういう時、盛り方や何を取るかで人となりがよく分かる。
エルザはヨーグルトやパン、ハムにカットされた果実などを綺麗によそっていた。
ただし、量はかなり多い。
それでも見栄え良く盛り付けているのだから大したものだ。
アレクシアはパスタを皿に盛った後に肉をこれでもかと追加していた。
それでも盛り方が下品にはなっていないのは育ちのせいか。
食べ方も所作が美しく、気品がある。
山盛りの肉とパスタとのアンバランスさがちょっと面白い。
アズの皿はバランスよく盛り付けられていた。
ちゃんとサラダも用意している。
そこに好物の羊の肉の煮込みをたっぷりと持ってきたのはご愛敬か。
たくさん食べろ。
人の皿を見ているだけではなく、自分の分を用意せねば。
適当に料理を盛り付けた後にオムレツのスペースに移動した。
どうやらこれは自分で作るようになっているらしい。
卵液の入ったボウルに蓋をして氷の上に準備してある。
隣にはスティレットが三個ほど置かれており、魔道具で火が出る仕組みになっているようだ。
さっそく卵液をレードルですくい、熱したスキレットに注ぐ。
卵は熱ですぐに固まるので、入れた瞬間からスキレットを揺らしてまんべんなく広げる。
熱が強いのですぐに火が通るので、完全に火が通る前に水につけてあるへらを掴んで卵を巻く。
これはいい道具を使っているなぁ。
スキレットにオムレツが張り付くこともなく、破れずに完成した。
火から放し、柄の方を三度叩いて形を整えて皿に盛りつけた。
味付けは温められたひき肉とトマトのソースと、クリームシチューの二つがある。
トマトのソースを選び、オムレツにかけていく。
店に出せる位に綺麗に完成した。
我が事ながら感心していると、視線を感じる。
振り返ると三人がこっちを見ていた。
更に言うとオムレツだ。
「……作ってやろうか?」
「お願いします!」
けっきょく全員分作る羽目になった。
仕方ない。
オムレツは美味しかった。
朝食を食べ終わり、十分に英気を養って宿を出る。
天気はいいが、陽にあたっても少し寒い。吐く息が白い。
本格的な冬までにはカソッドへ戻りたいところだ。
まず冒険者組合で手紙を送る依頼を出さなければ。
冒険者組合はこの規模の都市であっても、この時間はガラガラだ。
依頼が張り出される時間になると一斉に人が集まってくる。
受付嬢に手紙を預け、相場の依頼料を提示する。
依頼は無事に受理された。
何かのついでにカサッドに行く冒険者がいれば持っていってくれるだろう。
手紙は気長に考えるしかない。
出さないよりはマシだ。
受付嬢たちが依頼の票を抱えてボードに移動している。
ここにいては邪魔になるので冒険者組合を出る。
開拓場所に向けてアーサルムの城壁から出る。
外の門番を見ると、少しひりついた空気を感じた。
それに早朝だというのに人数も四人と多い。
襲撃があったことで警戒しているのだろう。
城壁の上にも見張りがいるのが見えた。
今はまだ出入りにまで制限はされていないようだが、嫌な予感がする。
「……都市はそうでもなかったけど、あの様子だとまるで戦の空気ですわね」
「やっぱり、そんな感じですよねー」
城壁から少し離れると、アレクシアがそう言った。
エルザも同意する。
「物々しい雰囲気だったな。戦なら冒険者組合でも何か動きがあってもいいと思うが」
「冒険者に情報が入るのは最後の方だと思うわ。何事もないのが一番だけど、あんな真似をされて貴族が黙っている訳がないもの」
公爵の屋敷に攻め入り、公爵令嬢の誘拐未遂。
貴族は面子を重んじる。やられたままでは終われない。
弱みを見せれば全てが上手くいかなくなるからだ。
もっとも疑わしい太陽神教はしらを切るだろうが、一体どうするつもりなのだろうか。
ああだこうだと全員で議論しながら移動し、開拓地点に到着した。
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