第265話 敬意とは示すもの

 全員に食事を配り終えた後、自分たちの分を用意する。

 スプーンでスープを救って口に運ぶと少し煮詰まっており味が濃いが、悪くない。


「凄い量の野菜を刻んだねぇ、アズちゃん」

「最初はびっくりしました。でもこれだけの人の食事となるとあれ位は必要なんですね。手伝いに行ってからずっと野菜を切ってた気がします」


 大変だったようだが、二人の話す口ぶりは楽しそうだ。

 仮眠していたアレクシアも起きてきた。


 良い条件で契約したので、目処が立つまでここで働く事を話す。


「あら、少し活躍しすぎたかしら」

「あれだけやれば目にも止まるさ」


 文字通り十人力以上の結果を出した。交渉もアレクシアを引き合いに出せばあとは楽なものだ。


「土魔法の習熟にはちょうど良いですし、別に構いませんわ。その分私達の待遇も良くして下さいますわよね」

「もちろん。宿も今日から一つグレードを上げる」

「そっ」


 基本的にアズ達の稼ぎはヨハネの総取りだ。

 そこから経費や装備などを賄い、残った利益を手にしている。


 そしてそれはもちろんアズ達も分かっている。

 利益が出ているのに全く還元されないと分かれば手を抜きたくなるのが人間というものだ。


 アズはもしかしたら頑張ってくれるかもしれないが、他の二人はそうもいかないだろう。

 奴隷とは主人に服従するものだが、心までは自由にはできない。

 結局最後にものをいうのは相手に対する敬意なのだ。


 口だけでは意味がない。実行してこそ相手に伝わる。


 食器の片づけは手伝う事にした。

 アレクシアも含めて4人でやるとあっという間だ。


 本来ならシェフのアシスタントが二人いるらしいのだが、今日は運悪くトラブルでこられなかったので大変だったらしい。

 アズとエルザに感謝していた。


 シェフ特製のミルクセーキをご馳走になる。

 子供の時はよく飲んだものだ。


「これを飲んだら戻るか。宿もとらないといけないし」

「なんだ、宿は決まってないのか」


 撤収準備を終えたクワドがこっちに声を掛ける。


「ああ。最初はポータルで戻るつもりだったからな。封鎖されていたからこの仕事に来たんだ」

「そうなのか。ポータルがそんな事に」


 昨日の今日だ。クワドにはまだ事件の事は伝わっていない様子だった。


「なら、いい宿を紹介してやろう。空きも確実にあるし、質も保証する。値引きはできないが」

「ふむ。疑う訳じゃないが行ってから判断しよう」

「はは。構わないよ。別に紹介したからといって俺に何かある訳じゃない。知り合いが勤めてるだけだから。それにせっかくあんた等が参加してくれるっていうのにわざわざどうこうはしないさ」

「なんでも鵜呑みには出来ん性分なんでね」

「それ位じゃないと商人は務まらんか」


 クワドの事は会話を通じて少し分かったものの信用した訳ではない。

 何かしらの手引きの可能性も考えて返事をすると向こうもそれは分かっていたようだ。


 クワドと共にアーサルムに戻り、宿に案内される。

 アーサルムは物流の要ということもあり、観光客や行商に訪れる人々がかなり多い。


 そのため宿の需要も高く、競うように新しくつくられた結果宿が密接している区画があるようだ。

 案内されたのはその中でも比較的新しい宿だった。

 人の出入りもある。人気のある宿のようだ。


「どうだ? この都市でもなかなかに良い宿だと思うんだが」

「そうだな。確かによさそうだが、それならもう部屋は残ってないんじゃないか?」

「まあみてな。意外と埋まらないもんさ」


 中に入ると、クワドが責任者らしき人物と少し話している。

 話し終えるとこっちに戻ってきた。


「一応あんた等の事はよろしく言っておいた。部屋も二人部屋なら余裕があるそうだ」

「そうか。なら今夜はここにするとしよう」

「気に入ったらまた利用してやってくれ」


 クワドはそう言うと帰宅していった。

 改めて中に入る。


 さきほどクワドと話していた人物が対応した。

 二人部屋を二つ。値段は昨日の宿よりは値が張るが思ったほどでは無い。


 これならアズ達に良い思いをさせつつ、消費も抑えられる。


 少し話してみると、クワドとは酒飲み仲間らしい。

 たまにこうして客を紹介してくれて助かるのだとか。


 代わりにクワドの仕事の募集をフロントの掲示板に張ったりして助け合っているようだ。


 意外にこういうのは効果がある。

 現にこうしてクワドの紹介で宿に泊まっている。


 是非ともこういう流れは取り入れたい。

 新しく買い取った宿を近々始める予定だが、そこでは必ずうちの道具屋を勧める様にしよう。

 そうすれば客の入りも少し良くなるはずだ。


 道具屋の方でも宿を何らかの方法で誘導できれば。


 ううむ、楽しくなってきたな。


「なに面白そうな顔をしていますの。ほら、中に入って」

「おっと、悪いな」


 色々考えていたら足が止まっていたようだ。

 ちょうど借りた部屋の前だった。


 アズ達はいつの間にか部屋の割り振りを終えたらしい。

 アズとエルザが隣の部屋に。

 こっちの部屋にはアレクシアとヨハネとなった。


「あら、いいベッドですわね」


 さっそくアレクシアがベッドに腰かけると、少し機嫌のいい声になった。

 触ってみると、手が沈む。

 手を放すとすぐに元に戻ったので弾力性が高いのだろう。

 これなら疲れも残るまい。


「少し手伝って欲しいのだけど」


 アレクシアはそう言うと装備を外し始めた。

 一人では外しにくいらしい。

 いつもはアズかエルザに手伝ってもらっているようだ。


 装備を外し終えると、アレクシアは疲れを吐きだすように息を吐いた。

 だいぶ楽になったようだ。


「ありがと」

「このくらいはな」


 明日から頑張って稼いでもらうのだからこれ位は大したことではない。

 装備を外すとアレクシアの格好はドレス姿になる。やはりよく似合ってるな。


 この宿には大浴場があるらしいので、よく浸かって汗と汚れを落として寝るとしよう。


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