第264話 尻に火がついてるんだろ?
「こんなものかしら?」
そう言ってアレクシアは土の魔法を終了させる。
アレクシアのおかげで割り当てられた場所はその日のうちに終わってしまった。
アズとエルザは食事の準備に人手が欲しいということで、そっちに手伝いに行かせた。
大人数の食事ということで力仕事のようだが、あの二人なら問題ないだろう。
アレクシアは功労者ということで暇を与えておいた。
土の魔法のおかげで四日分を半日もかからず終わらせたので、それで出来た自由時間くらいは好きにさせてやろう。
それなら、ということでアレクシアはバッグからハンモックを取り出すと、さっそく用意してよじ登る。支えるのは土の魔法で作った土台だ。
魔力量は問題ないらしいが、魔法を使い続けていると少し疲れるらしい。
横になると、すぐに寝息が聞こえてきた。
ああしていると本当に整った容姿をしているなと思う。
適当な岩に腰かけて、クワドと話し込む。
クワドは第一印象こそ悪かったものの、話してみると中々の苦労人だった。
公爵から予算も込みで仕事を任されたのはいいものの、即日作業を開始せよと言われててんやわんやだったらしい。
しかもアルサームは王国でも飛びぬけて発展している都市だ。
経済も活発に動いており、稼げる仕事も多い。
その為農地開拓に応募する人間は少ないとのことだった。
しかも今は冬だ。
ただでさえ寒いのにわざわざ外で地面を耕したがるものなどいない。
給金を上げてようやく集まった人々で、公爵から指定された場所の開拓を始めたのだが、それも遅々として進まなかったらしい。
冒険者組合に依頼が出ていたのは、その名残だという。
「そもそもこの辺は土が悪い。水はけが悪くて栄養がないし、農地には向かないんだ。アルサームは他で稼いで食べ物は他所から買うのが昔からのことさ」
クワドが地面の土を掴み、こねる。
「あの石が来てからはなんでか土の状態もよくなってきたんだがな。公爵様は食料は自分たちの手で賄うのが悲願らしい」
掴んだ土を捨て、土の精霊石の方を見る。
「ある日いきなり公爵様が来て、視察かと思って心臓が止まりそうだったよ。今より進んでなかったからな」
「で、あの石を置いていったと」
「ああ。誰にも触らせないようにとな。まぁ、触るとじっさい危ないんだが。ほら、そこ」
土の精霊石の近くにはよく見ると魔法陣が複数描かれている。
それは囲うようにして用意されていた。
「結界さ。常駐してる公爵様の部下の魔導士が定期的に確認してる。さすがにこっちを手伝ってもらう訳にもいかんし」
「そりゃあな」
割とため込んでいたのか、それともアレクシアが一気に一部の区画を片付けたからなのか。
クワドは現状を説明してくれた。
ようやく一息つけたのかもしれない。
「まぁ、あれがなんだっていいのさ。期日通りに言い渡された仕事を終えられればな。怪しい仕事をしている訳でもない」
「ちがいない」
「で、だ。今回の分の仕事はこれで終わりだが、引き続き頼めないか。あの嬢ちゃんの腕前ならあっという間に終わらせられるだろ」
「ふむ」
半日で請け負った場所の作業は終わってしまった。
四日分の賃金だったのでなかなか割の良い仕事だったといえる。
アレクシアにはやれといえば問題ない。
文句は言うかもしれないが、あれはあくまで牽制なのも分かっている。
上にただ付き従ったことで父親が死に、破滅したことがトラウマになっているのだろう。
それを思えば、大目に見てもいい。
クワドによると、公爵に指定された期日は冬の終わりまでとのことだった。
だが冬は外での作業に向かない。これは働いたことのあるものなら経験則で分かる事だ。
その辺はやはり貴族らしいなと思った。
クワドが頭を悩ませていたのもそれらしい。
寒さで作業が遅れれば、期日までに間に合わないかもしれない、
実際今は遅れ気味だとか。
少し同情の気持ちが湧いてきたな。
「なるほど。話は分かった」
「それじゃあ」
「おっと、まだうんと言った訳じゃない」
両手を食い気味のクワドの前に置く。
「うちのアレクシアが優秀なのは見て貰った通りだ。今回はポータル封鎖の事もあって少し路銀稼ぎに来ただけで、本来ならこの額で魔導士は雇えない。そうだろ」
「……うーん、これでどうだ?」
クワドは少し考えた後、数字を提示する。
「さっきの話しぶりだと、この辺り全部が範囲になるんだろう? アレクシア一人にやらせるにはちょっと広すぎるしなぁ」
数字を見た後にやんわりと渋るような返事をする。
提示された数字はそれなりといった感じだった。
だが、ここの現場はもう尻に火が付いている。
火消しの仕事は十分な割り増しを貰わなければ受けるべきではない。
「……分かった。渋って間に合わないよりはいいだろう」
そう言ってもう一度数字を提示してきた。
十分な額だ。確かに予算はちゃんと貰っているらしい。
「引き受けよう。アレクシアにはこっちから言っておく。しかし予算は余ってたんだな」
「魔導士にも募集はかけたんだが、誰も来なくてな。かといって追加募集しても人も集まらないし予算だけが余裕があったのさ」
「現場監督も大変だな」
「そう言って貰えると助かるよ。最初は悪かったな。正直戦力になるのか不安だったのもあって無愛想になった」
「切羽詰まってたんだろ。人間、多少は余裕がないとな」
クワドはヨハネと握手して戻っていった。
今日の仕事はこれで終わりにして食事を配った後に解散するようだ。
料理人が引いている大きめの屋台を、アズとエルザが後ろから押している。
どうやら出来上がったようだ。
メニューは肉と野菜のたっぷり入った塩気の強いスープに小麦粉で作った団子を入れてある。
それにライ麦のパンが添えられていた。
無料の食事にしては悪くない。腹も膨れる。
ひどいところだと薄めた粥しか出さないようなところもあると聞く。
アズとエルザがテキパキと使い捨ての器に料理を盛り付ける。
そして受け取りに来た人へ渡す。人数が多いので大変そうだが、よどみなく回している。
エルザはともかく、アズが手際よく作業しているのを見ると成長したなと時の流れを感じた。
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