第262話 開拓
疲れのせいかぐっすり眠っていたのだが、ふと衝撃を感じて目を覚ます。
目を開けると、アズが胸に収まっていた。
同時にアズも目を覚ましたようだ。
「あわわ」
アズと目が合った瞬間、状況が把握できないのかきょろきょろと周囲を見ている。
隣で寝ていたので驚いたのだろう。
「目が覚めたか。ようやく手を放したな」
しっかり握られていた手は解かれている。
そこでようやくアズは何が起こったのか理解したようだ。
「あの、寝る前の事は全く覚えてなくて……申し訳ありません」
「いいさ、別にこのくらい」
特に実害があった訳でもない。
それにアズは抱き枕にするにはちょうど良かった。
真っ赤になってしまったアズがおずおずと胸から離れる。
上目遣いでこっちをみる仕草は保護欲を感じさせる。
アズは離れた後に何度か深呼吸して、ようやく平静に戻った。
それからアズと共にアレクシアとエルザを起こして身嗜みを整える。
今日は少し寒くなりそうだ。
エルザはもう少し寝ていたかったのか、少し大きめのあくびをしていた。
宿の清算をして、カサッドに戻ろうとポータルまで向かったのだが、使用禁止の立て札と共に兵士が見張りをしていた。
話を聞くと、公爵からの指示で一時的に封鎖されているとのことだった。
解除は未定とのことだった。
「まぁ、あんな事があったんですから当然ですわねぇ」
「襲撃のせいか。関係ないこっちにまで影響が出るとは、本当に迷惑な奴らだな」
ため息を吐いて悪態をつく。ポータルの封鎖は正直痛い。
ポータル抜きだと徒歩での移動になる。
一日や二日では戻れる距離ではない。
「まあまあ。起きたことは仕方ないですよ」
「それはそうだが、なぁ」
「どうしましょうか?」
予定が大幅に狂ってしまった。
急いで戻らなければならない用事がないのが救いか。
店は……カイモル達に任せておけば大丈夫だろう。
人員の補充もしたし。
「うーむ」
「こんな事ならもっと寝ていても良かったですねー」
「急な封鎖だったからな。とはいえ宿は引き払ったし……」
観光という気分でもない。
ならばどうするか。
「アルサームに来てまで冒険者組合に寄りますの?」
「どうせやる事がないんだ。ちょっとは稼いでおこうじゃないか」
アレクシアの抗議を流しつつ、アルサームの冒険者組合に来ていた。
規模は大きい。
張り出されている依頼を見ると、その多くは商人の護送だった。
王国で最大の流通の要所であるここならではといったところか。
ここにいる冒険者達もそれがメインで受ける依頼なのだろう。
パーティーばかりだ。
中には即席のパーティーを組んでいる者たちもいた。
護送依頼は割りがいいのだが、さすがにそういう依頼は今は受けられない。
他に何か仕事はあるのかなと思っていると、妙な依頼があった。
農地拡大の協力というものだった。
大規模な農地を開拓するために人手が欲しいというものだ。
わざわざ冒険者にこういう依頼をするものだろうか。
人手が欲しいとしても、人足を集めるならいくらでも方法がある筈。
「気になるんですか?」
依頼書を見つめて考えていると、エルザが不思議そうに尋ねてきた。
報酬もそれほどではないし、わざわざ気にするような依頼なのか疑問なのだろう。
「少し、な」
冒険者の仕事というよりは日雇いの仕事にしか見えない。
だが、食事付きでその日払いというのは悪くないと思った。
後ろの三人を見る。
アズは見た目は少女だが、魔物を退治し続けて今は並の男数人分の力がある。
エルザも力が強いのは確認済み。。
アレクシアに至っては魔導士だ。控えめに言っても十人分の効率が出せる。
それに実は農業にはかなり強い興味がある。
第一次産業は地味だが金になることを帝国で学んだ。
さすがに一商人が元老院に籍を置くような大貴族と同じ真似はできないが、規模を小さくすれば再現可能だと思っている。
ただオルレアンの事を思い出したので、農奴を集めてやるのは止めておこう。
その下調べをしながら金も貰えるとなれば、やはり悪くない。
「こんなに発展してる都市で受ける仕事が……農業? 本気ですの?」
「あはは、面白いですねー。私、土いじりは得意ですよ」
「わ、私はどんな仕事でも頑張りますから!」
アレクシアは理解できないと顔に書いてあった。
そんなアレクシアの様子がエルザは面白いらしい。
アズはいつも通りだ。
アルサームらしい仕事もなくはない。カジノの用心棒など他では見かけない依頼だろう。
報酬もいいが、ギャンブルはあまり好きじゃない。
商人は常にリスクに晒されているのだ。
わざわざそのリスクを増やしても面白くない。
「分かりましたわ。どうせ奴隷はご主人様に命令されれば逆らえませんもの」
「そうだな。だがこういう仕事も悪くないぞ」
さっそく依頼を受理してもらい、現場の地図を貰う。
アルサームから北西に向かった場所らしい。
一時間ほど歩くと、目的地に到着した。
そこは確かに開拓中の様子で、クワで地面を掘ったり木の根を数人がかりで引き抜いたりしていた。
なにより目を引くのはその中心にある祭壇に飾られているものだ。
「あの、あれって」
「やっぱりそう思うか?」
「間違いないですよ」
「……噓でしょ。火の精霊も反応してるから確定よ」
そこには土の精霊石がどん、と置かれていた。
人が近づけないようにされていたが、あまりにも堂々と置かれていたので見間違いを疑った程だ。
「これはどういう事だ?」
「土の精霊がいる場所は豊かな土地になるわ。それは精霊石でも同じはずよ。公爵はここをそういう場所にしたいのでしょうけど」
どうやら気付いているのは我々だけのようだ。
働いている他の人達は気にする様子もない。
精々変な石があると呟いているのが聞こえたくらいだ。
「あの石一つで金貨何枚だと思ってるんだ」
「知らない人にはただの石、ですよ」
「それはそうだが」
呆れながらも、管理監督者に会って依頼を請けたことを伝える。
今は指定区画の土を均す作業をしているのでそれに合流しろとの指示を受けた。
一式の道具をレンタルしてくれたので、作業を始める。
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