第260話 公爵の帰還

 アズは剣を仕舞い、戻ってくる。

 力を使い切ったのか、少しふらついていたので肩を抱いて支えてやる。

 大金星だ。しばらくは休ませてやろう。


 他の二人もよくやってくれた。

 しっかりと労う。


「ひとまずよかったですわね」

「だねー。場合によっては全滅もあり得たわけだし」

「それはごめんだな」


 その後に周囲を見る。


 赤いフードの男を退けたのはいいものの、公爵邸は酷いありさまだった。

 綺麗に整えられていた庭は石像たちに破壊され、すでに鎮火したものの火の魔法で建物にも被害がでている。

 一部の土は高熱のせいでガラス化してしまっていた。


 警備兵たちは安否確認を行ったのち、重傷者が屋敷に運び込まれて動けるものは片づけを始めていた。

 石像を数人がかりで脇に運んでいる。


 アナティア嬢は警備兵の隊長や、動けるようになったメイド達に指示を出している。

 公爵がここにいない以上は彼女が代理として皆まとめなければならない。


 一通り指示を出し終わったようで、こっちにアナティア嬢は歩いてくる。


「守ってくださりありがとうございます。それに、侵入者の撃退の手伝いも、感謝しております」


 スカートの両端を摘まみ、優雅な礼を見せてくれた。


「なに、行きがけの駄賃というやつですよ。それに犠牲者も出てしまった」


 助けを呼びに行ったメイドは赤いフードの男に見つかり犠牲になってしまった。


「そうですね。警備兵にも犠牲が出ております。彼らを弔ってあげないと」

「幸い司祭もおりますし、別れを告げる程度なら手伝いますが」

「……ちなみに何の神にお仕えに?」

「太陽神教ではありませんのでご安心を」


 エルザのロザリオを手に取り、アナティア嬢に見せる。

 それを見て安心していた。


 現時点で襲撃者が太陽神教であると判断することはできない。

 証言はいくらでもできるが、証拠としては弱い。

 言い逃れられない明らかな物証が必要だ。


 個人的にはほぼ確定なのだが、決めつけて動けないのがお偉いさんだ。

 もっともここまでやられたのだからどうであれ動くだろう。


 アナティア嬢太陽神教らしきものに襲われたのに、太陽神教の司祭が弔うというのは確かに筋が通らない。

 あえて聞いた気持ちも理解できる。


 犠牲となった者たちに向けてエルザは別れの言葉と、魂の平安を祈った。

 全員が黙祷し、死者を見送る。


 墓地はここから離れた場所にあるそうなので、ここから先は任せる。

 修繕に資材なども必要だろうが、公爵家ともなればお抱えの商人もいる。

 彼等の商売の邪魔はできない。


「助力に加え、司祭による見送りまで。改めて感謝します。……これは私の気持ちです、どうぞ受け取ってくださいな」


 アナティア嬢は身に着けていたネックレスを外すと、それをそっと渡してきた。

 両手で恭しく受け取る。


 それは虹ダイヤのネックレスだった。

 サイズは小さいが、かなりの値打ちものだ。


「ありがたく頂戴します」


 持ち主に幸運を授けると言われている虹ダイヤは、特定の迷宮に奥地でしか入手できない。

 残念ながら公爵令嬢の贈り物を換金するわけにはいかないが、店に飾っておけば箔がつくかもしれない。


 それに、商売繁盛のお守りとしても有用だ。


 後はここにいても出来ることはない。

 顔を繋ぐことはできたが、商売につなげるのは少し難しいだろう。

 挨拶に来れば通してもらえるかな、位の関係性だ。


 アナティア嬢との話もちょうど途切れたので、そろそろ帰ろうかと思った。

 すると、敷地の入口が騒がしい。


 ああ、立派な門がひしゃげてしまっている。

 あれは直すのにかなりの額がかかるだろうなぁと思っていたら、公爵がようやく帰還したようだ。かなりの数の兵達も後ろにいる。


 執事の説明を受けながら走る手前の速度でこっちに向かってくる。

 そしてそのままアナティア嬢を抱きしめた。


「よく無事でいてくれた。それなりに護衛を残したつもりだったが、このような事になるとは」

「お父様、客人の前です」


 そこでようやく公爵はこっちに気付いたようだ。

 娘の安否が気になって目に入らなかったのだろう。


 娘は居ないが、仮にうちの連中がどうにかなってしまったら同じくらい慌てるかもしれないので責める気はしなかった。


 傍にいて当たり前の存在がいなくなるのは、耐え難いものだ。

 両親との死別と、そしてもう一人。その辛さは分かる。


「お前は……あの時の男か」

「覚えて頂けて光栄です。大抵のものは揃える商人のヨハネと申します」

「どうやら娘が世話になったようだな。それに耐魔のオーブはアナティアに渡っていたか」

「ええ。早速役に立ったようで何よりです」


 もし来るのが遅れていれば、アナティア嬢の身柄はどうなっていたのだろうか。

 公爵は間に合わなかっただろう。

 あんな連中にさらわれれば命の危険もありえた。


 公爵の護衛は門で警備兵と話をしている。

 元冒険者のような恰好の者もいる。


 精鋭を連れていってしまった結果、屋敷の守りが薄くなってしまったのだろう。

 完全な状態で迎え撃てればよかったのだろうが、世の中は上手くいかない事ばかりだ。


 公爵が右手をこっちに向ける。

 握手だ。急いでその右手を掴んだ。


 商人……一般市民に対して貴族側から手を差し出すことは基本ない。

 敬意を表してくれたのだと思う。


「下手人はどうなった?」

「詳細は彼らに。一部の衣類を残して灰になりました」

「あの石像は……太陽神の像か。噂には聞いていたがあんなものが動くとは信じられん」


 実際に現場にいた者達でも摩訶不思議な光景が続いたので、その説明を聞いても公爵は腑に落ちないだろう。


 最初から最後まで詳細を公爵に話してようやく解放された。

 少しでも疑問があれば問いただされたので非常に疲れたが、公爵相手では否とも言えない。


 内心は煮えるような怒りを抱えているだろうに、冷静だった。

 立場がそうさせるのか。ヨハネにはそれは分からなかった。

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