第259話 ピースサイン
赤いフードの男は、まずアズに狙いを定めた。
「こざかしい。まずはお前だ」
そう言って両手に火の魔法を発動させる。
蒼く染まる火がごうごうと燃え盛る。
それをアズに向けて放つ。
アズはその魔法を横にステップして回避した。
地面に火の魔法が当たると、地面をえぐって消えずに火が残ってくすぶる。
火の当たった土がどろりと溶けているのが見える。
もし人体にあんなものが触れたらどうなることか。
「もっと後ろに下がって。こっちに来たらなるべく防ぐけど、油断しないで」
火を見たアレクシアがそう言って全員を下げさせる。
その横顔は強い警戒の色が見えた。
耐魔のオーブに加えてアレクシアとエルザの守り。
本来ならよほどの魔導士でもなければ安心できる布陣だというのに、それでも恐ろしさが消えない。
相手の蒼い火を見ると、根源的な恐怖を思い出すような感覚がある。
そんな相手に対してアズは一切怯まない。
威力がどれだけ上がろうと、当たらなければ意味がないとでも言うように全て回避する。
回避した場所は火に巻かれてしまうが、それでも着実に距離を詰めていく。
「ならば、こうだ」
赤いフードの男は魔法を撃つのを止め、右足を浮かせて靴の下に魔法陣を出現させる。
そしてそれを踏み抜いた。
すると、薄い火の壁が踏んだ地点を中心に一気に広がる。
全方位に対する攻撃だった。
広がる速度も速く、逃げ場がないように見える。
アズはそれを見て、大きく身を屈めた。
どうするつもりなのかと思った瞬間、大きく跳ねた。
跳躍するために身を屈めていたようだ。
火の壁の高さは成人男性よりも高いが、アズは難なく飛び越えた。
アズが回避した火の壁がこっちに来る。
アレクシアが周囲に結界を張り、エルザがそれを補強した。
ヨハネでも分かるほどの強固な結界だったが、蒼い火の壁が触れた瞬間ガリガリと削れていく。
アレクシアはそれを見て舌打ちした。
魔力で結界を補強するが、浸食される方が早い。
「やっぱり普通の火とは違いますわね」
「ほんの少しだけだけど、恩寵が混ざってる!」
アレクシアの身に着けているブローチから火の精霊が飛び出し、結界を抜けてきた火を飲み込む。
あらかた飲み込んだが、その後に地面に僅かだが蒼い火を吐きだす。
いつもなら吸い込んだ火を吐いたりはしない。
火の精霊でも嫌がる火なのだろう。
アレクシアは火の精霊の喉を撫でて労う。
「もしやそれは……」
アナティア嬢は火の精霊を見て呆気にとられていた。
精霊は存在こそ有名なものの、目にする機会は非常に少ない。
それは貴族であっても同じ事だ。
中には売り物にしようと無理やり捕らえたりするものもいるが、決まって大きなしっぺ返しにあっている。
例えばアクエリアスの都市では水の精霊による巨人が闊歩していたな……。
あまり周知されるのはリスクだが仕方あるまい。
何を言われても火の精霊は手放すつもりもない。
赤いフードの男に対して距離を詰めたアズはあと数歩で剣が届くまで迫っていた。
魔導士の強さは遠距離から魔法を撃ちこむことにある。
その証拠に、アズは一度赤いフードの男を圧倒して見せた。
相手がいくら強くなっても、前提が同じなら結果も同じだ。
苦し紛れの魔法を回避し、アズが相手の男を袈裟切りにする。
しかし、斬られた場所から血が出た瞬間元通りに回復する。
その光景を見たのは二度目だが、やはり異常な光景だ。
斬って隙を見せたアズの肩を掴もうとしたが、するりとすり抜けてアズは後ろに回る。
すぐに回復するのは予想していたようだ。
戦いに関しては、やはり素晴らしいセンスがある。
後ろに回り、アズの顔が見えた。右目から虹色の色彩があらわれる。
封剣グルンガウスから光が溢れた。
強い力が集まっているのがヨハネにも分かった。
赤いフードの男は強引に体を捩じり、手に蒼い火の剣を生み出す。
アズが剣を振り下ろすのに合わせ、赤いフードの男がアズの剣を迎撃した。
互いの剣が触れた瞬間、お互いの内包された力がしほとばしる。
衝撃波が離れているこっちにも届く。
エルザやアレクシアの服が風でたなびいた。
「割と無茶苦茶な相手だけど、アズは本当に勝てるの?」
「相手が神の力を使ってきても、それは原液をほんの雫一滴を薄めて与えたようなものだから。未熟とはいえ、使徒の継承をしたアズちゃんの方が強いよ」
「だったらいいのですけど、ね!」
アレクシアが衝撃波を弾き、再び結界を張りなおした。
力のぶつかり合いは拮抗しているようにも見える。
アズの虹色の力と、相手の蒼い火の力。
勝敗を分けたのは、負荷がどれだけあったとしても適応していたアズと、身を焼きながら無理やり力を行使していた相手との違いだった。
赤いフードの男の左腕が蒼い火に焼き尽くされ、そこから一気にアズが優勢になった。
相手が堪えたのはわずかな間だけ。
アズが一気に押しきり、相手の右肩から左わき腹まで斬り抜く。
そしてすぐに剣を引き戻し、封剣グルンガウスの力を発動して相手の心臓をついた。
虹色の力が蒼い火と共に相手の体を吹き飛ばす。
相手の足首が残ったが、それもやがて火に焼かれて灰になる。
アズの手から剣が零れ落ちる。
相当な負荷があったのか、アズは顔を下げて肩で息をしていた。
しかししばらく息を整えると、顔を上げて笑顔でこっちに向けてピースサインをした。
ヨハネは大きく頷き、同じくピースサインを返す。
「ふぅ、なんとかなりましたわね」
「お疲れさまでしたー」
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