第258話 青い火

 警備兵たちが赤いフードの男達を武器を向けながら取り囲む。

 だが、赤いフードの男たちは意に介していない。

 ただの剣や槍など恐ろしくもないという様子だ。


「石像は破壊されたのか。形だけを似せてもやはり大した力は持たぬ」


 アズ達によって破壊された石像を見て、先頭の男が忌々しそうな顔で言った。


「貴様、ただでは済まさんぞ !」


 警備兵の隊長格らしき人物が剣を向けて叫ぶ。

 先頭の男は無視して、アナティア嬢を指さす。


「精霊石も持ち出されておった。ここに長居する意味もない。あの女をさらい、ここから離脱する」

「御意」


 両脇の人物が先頭の男の言葉に頷き、戦闘態勢をとった。


「やれ!」


 警備兵が一斉に飛び掛かる。

 しかし、赤いフードの男たちが放つ水の魔法が彼らを蹴散らした。


 こっちに来た水の魔法をアズ達が弾く。

 残念だが警備兵達では数の差があろうと赤いフードの男達には勝てないようだ。

 隊長格の男だけは魔法を防いだが、それでもダメージを受けている。


「あの三人だけは脅威だ。気を付けろ」

「あいつ等を倒せ。生死は問わん」


 先頭の男がアズ達を脅威に思っているようだ。

 それを聞いたヨハネはそう指示した。

 生け捕りの方がいいのだが、そんな危険を冒せるような相手ではないのは素人でも分かる。


 両脇の二人がこっちに向かって走る。

 それをアレクシアとエルザが迎え撃った。


 先頭の男とアズが相対する。


 アナティア嬢は耐魔のオーブを所持しているので、不意打ちでも魔法は防げる。

 アズ達を倒さない限り、さらうことも出来まい。


 こっそりと射線上にアナティア嬢が入るように移動する。

 今はヨハネは丸腰だ。余波だけでも恐ろしい。


 次に耐魔のオーブをもし手に入れたら売らずにとっておこうかなと考えた。


 そんな事を考えている間に、アズと赤いフードの男の戦闘が始まった。


 アズの移動速度は非常に速い。

 魔法を狙ってから撃ってもまず当たらないし、大抵の魔法は剣で弾く。

 身体能力で劣る相手には弱いが、そうでなければ今のアズは強いのだ。


 案の定、アズは魔法を回避して距離を縮めている。

 水の広範囲魔法で無理やり当てようとしたが、アズには水の精霊が付いている。


「忌々しいガキめ!」


 相手からは上手くすり抜けたように見えたのだろう。

 苛立ちを募らせているのが見えた。


 剣が届くほどにアズが接近し、胸を狙って斬る。

 相手の男は杖から短剣に持ち替えてアズの剣を受けて逸らした。


 アズが何度も斬り込むと、ついに受けきれなくなって右肩を斬った。


「ちょっと浅かったですね」

「おのれ……」


 優勢だ。

 相手の方が格上のように見えるが、相性がいいのだろう。

 回避メインの軽戦士と魔導士なら、近づけば軽戦士が勝つのは当たり前だ。

 魔導士は接近戦の備えを用意することもあると聞くが、あの短剣だけのようだ。


 アレクシアは魔法の打ち合いで相手を抑え込んでいるし、エルザの方はダメージを負う度に全快して強引に相手に迫っていた。


 赤いフードの男がアズから大きく距離をとる。

 他の二人もそれにならった。


「導士、このままでは……」

「二度の失敗は許されぬ。命に代えてもだ」


 男はそう言うと、懐から青い液体の入った瓶を取り出す。

 とても嫌な予感がした。


「その瓶を壊せ!」


 慌てて指示すると、アレクシアが魔法で瓶を狙う。

 だが、相手の魔法でかき消される。


 アズも同時に動いたが、あと少しのところで赤いフードの男が瓶の中身を飲み干す。


「ああ、御身の力を感じます」


 戦闘中だというのに立ったまま太陽に向けて両手を組み、祈りはじめた。

 不気味だ。


 アズの剣が男の胸を斬る。

 しかし、出血までしたのに微動だにしなかった。


「導士、なんと羨ましい」

「神の声が聞こえたのですね。我々の魂もくべてお使いください」


 両脇の二人も瓶を取り出して中身を飲み干す。

 しかし、男のようにはならず全身が青い火に包まれてしまい、その火が男に吸い込まれてしまった。

 後には何も残っていない。


「一体どうなってるの!? エルザ、貴女何か知ってるんじゃない?」


 アレクシアが戦斧を男に向けながらエルザの方を向く。

 エルザは男たちの様子を見て、右手を口に添えて考え込んでいる。

 珍しく額に汗が見えた。


「火を分け与えた? 干渉できるようになったの? まだ早すぎる」

「ちょっと!」


 アレクシアがエルザの肩を掴むと、エルザはハッとしたような表情になった。


「ごめんね、考え込んでた」

「それで、あれは何なの?」

「何を飲んだのかは分からないけど、多分吸い込まれた二人は人身御供になったんだと思う。あんな消え方は普通じゃない」

「男が火を吸い込んだのは?」

「多分、それは……」


 エルザが言いよどむ。


 アズが付けた傷から流れた血が地面を赤く濡らす。

 あれだけ出血していればとても立っていられないはずだ。


 だが、男は涙を流して太陽へ祈りを捧げ続けている。


 とても普通の精神状態とは思えない。

 あまりにも不気味だった。


「おっと、いかんいかん」


 男はようやく自分の傷に気付いたような素振りだった。

 右手で傷を撫でるように触ると、傷が消えた。


 それは回復というよりも復元といった方がしっくりくる。

 そんな治り方だった。


 エルザの癒しの奇跡でもそんな真似は出来ない。


「神格はさすがにないはず、無理やり人間の体に力を押し込んだのね」


 エルザは男の様子を見ながらぶつぶつと呟いている。


「アズちゃん」

「は、はい」


 かと思えばいきなりエルザがアズを呼ぶ。

 よばれたアズは少しビクッとしていた。


「あんな状態が長く続くとは思えない。でも、自滅するまで待ってると私達は全滅する」

「……、させません」

「うん。大丈夫、今のアズちゃんなら倒せる。使徒の力を使って全力で斬って」


 エルザはアズの肩を抱きながら祝福を行う。

 いつもより念入りに。

 赤いフードの男の体がこっちに向かって歩いてくる。その体はゆっくりと青く燃え始めた。


「素晴らしい。これが救済されるということか」


 もはやこっちを見ていない。酔いしれている。

 アナティア嬢はそんな男を見て完全にひるんでいた。


「行きます」


 アズが前に出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る