第257話 石像を打ち砕け

 石像を相手にしていた公爵家の警備兵は被害を出しつつも、何とか対抗していた。

 しかしただの剣では石像を相手には分が悪い。

 魔導士も後ろから石像に向けて魔法を撃ちこんでいるが、効果は薄い。


 石像は大きく、硬い。

 それが動くだけで人間にとっては脅威だ。


 アズは石像の後ろを取り、無言で剣を左肩の上へ向けて振りかぶる。

 そして走った勢いをそのままに地面を蹴り、跳ぶ。


 石像のうなじ辺りに高さに達すると、体を右手側に回転させた。

 二度、三度と回る度に回転速度が増していき、石像の手前まで接近した時に遠心力を使って剣を振る。


「シッ」


 力を込めながら肺から息を吐きだした。

 剣が当たる瞬間にだけ、アズの右目が虹色の色彩を覗かせる。

 瞬間的な使徒の力の発動だけならば消耗は最小限に抑えられる。

 アレクシアとの特訓で獲得した使い方だ。


 使徒の力はアズの身には未だに重い。

 強力だが使い続ければすぐに動けなくなる。

 なんとか上手く使いたいと言ったアズに、アレクシアは無理に使うのではなく、一瞬だけコントロールできるようにした方がいいと伝えたのだ。


 効果は抜群だった。

 石像の首を切断する。


 竜殺し相手には通用しなかったが、十分な威力だ。

 頭を失った石像は膝から崩れ落ち、倒れた。


「誰だ!」


 警備兵の指揮をとっていた男が警戒しながらアズへと呼びかける。


 そこへヨハネ達が合流した。

 アナティア嬢が間に入り、彼らにヨハネ達の事を伝える。

 すると警備兵たちは直ちに姿勢を正す。


「彼女は味方です。状況を説明して」

「アナティアお嬢様! ……よくぞご無事で。さきほど突然この石像が門を破って押し入ってきたのです。お嬢様の元に伝令を送ったのですが、その様子ではたどり着けなかったようですね。申し訳ありません」

「謝ることはないわ。役目を果たしたのでしょう。赤いフードの男については何か知っている?」

「いえ、存じません。我々はずっと石像と戦っておりました」

「分かったわ。他にもいるのでしょう? とりあえず彼らと協力して止めて」


 アナティアがそう言うと、警備兵はアズ達を見る。

 冒険者相手に力を借りることに少しばかり迷いが見られたが、現在の状況とアナティアの言葉を天秤にかけ、後者をとったようだ。


 他の石像を相手にしている警備兵は今も被害が拡大している。

 迷っている時間などない。


「さきほどは見事だった。我々に引き続き協力してくれ」

「もちろんだ。さっさと片付けよう」


 ヨハネは頷き、次の石像にアズ達を向かわせる。


「やっぱり以前戦った石像より弱い気がします」

「なんというか、模造品って感じがしますわね」

「あれが特別出来が良かっただけかも」


 以前、石像と直接戦った三人は移動しながら意見を交換する。

 おおむね同じ感想だった。


 二体目の石像を見つけた。

 被害が大きい。

 合流した警備兵たちが注意を引き、その間に怪我をした者達をエルザに治療させる。

 大怪我を負ったものも多いが、致命傷まではいっていないようだ。


 エルザの治療に涙を流して感謝するものもいる。

 こういった場では司祭はまさに神の使いのように見えるのだろう。


「怪我をしている人は集まってくださいね」


 聖母の様な笑みを浮かべながら癒しの奇跡を行使する。

 二体目のがアレクシアに倒される頃、最後の石像がこっちに向かって走ってきた。


 アズやアレクシアはちょうど倒し終わったところで少し遠い。

 傷の治療を受けた警備兵たちがエルザやアナティア嬢を守ろうと武器を手に石像の前に立ちふさがる。


「もう、せっかく治療したんだから休んでなさい」


 エルザはそんな警備兵たちの肩を掴むと、強引に地面に座らせた。

 彼等は見た目はか弱い司祭そのものであるエルザの、どこにそんな力があるのかと不思議そうにしていた。


「私もちょっとは活躍しないとね」


 エルザはそう言ってメイスを持って石像を出迎える。

 石像の手には石でできた棍棒が握られており、あれに殴られれば人間などひとたまりもないだろう。


 警備兵たちは急いで立ち上がってエルザを引き留めようとした。

 しかし間に合わず、エルザに向かって棍棒が振り下ろされる。


 それをエルザはメイスで打ち返した。

 鋼鉄製のメイスは、エルザの力の支えられて石の棍棒を粉砕する。

 そのままエルザはメイスを振りかぶり、石像の右足に振り下ろす。


 鈍い打撃音の後に、石像の右足が砕けて石像の頭がエルザの眼前にまで落ちてきた。


「確かに、ずいぶん脆いなぁ。こんなんじゃ、憂さ晴らしにもならない」


 エルザはそう言って、石像の頭を打ち砕いた。

 警備兵たちはあまりの出来事に呆然としている。


「倒しましたよー」


 そう言ってエルザは満面の笑みでこっちに振り向いた。


「ご苦労さん」


 強いに越したことはない。太陽神教に対していささか過激になるのはもう慣れた。

 それに今のところそれで迷惑はかけられていない。


 全ての石像は動かなくなった。

 太陽神を模したという石像らしいが、こうなってはありがたみがない。


 重傷者はエルザの癒しの奇跡を最優先で受けて貰いながら周囲を見る。

 これで終わりとは思えない。


「ちなみにお聞きしますが、公爵はどこへ?」

「土の精霊石を持って北の農業地帯へ行っております」

「それを知っているのは?」

「お付きの者と私だけです。他所には漏れないはず」


 こっちは陽動で公爵が本命かと思ったが、そうでもないようだ。

 いなくなった赤いフードの男だけが気がかりだが、逃げたのならばそれはそれでいい。


 だが、都合がいい事を考えると大抵は覆される。

 赤いフードの男は新たに二人の仲間を引き連れて、姿を現した。


 アズに負わされた傷も癒えている。


 逃げてくれれば楽だったのに。


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