第256話 太陽神

 太陽連合国

 太陽神教の総本山。

 その中枢に建造された大聖堂の奥にて、四人の枢機卿と教皇が話し合いを行っていた。


 一人の枢機卿が机に拳を叩きつける。


「あなた達は性急過ぎる! なぜこんな真似をした! デイアンクル王国とは石像事件で険悪だというのに、こんな事をすれば戦争になるぞ」

「なればよろしい」

「然り」

「……我々は宗教国家であって侵略国家ではない」


 呆れたように枢機卿は言い捨てる。

 彼は穏健派としてしばしば他の枢機卿と対立することはあったが、ここ最近は明らかに度を越していた。

 太陽神教の隠密部隊を動員して公爵家を襲うなど普通ではない。

 石像事件が起きた時点で王国との仲は冷え切っていた。

 貿易も止まり、布教も禁止になった。

 あちらでの教会の維持も難しくなったほどだ。


 なんとか事を納めようと色々と動いていた矢先に、隠密部隊が動いていたことを知り会合を要求した。

 トライナイトオークションへ襲撃。

 そして会合直前に王国の公爵領へ襲撃に出発したことまで耳に入った。

 それも問題になった石像まで持ち出されている。


 他の三人の枢機卿は急進派よりだったものの、こんな性急な事は今までしなかった。

 隠密部隊を動かすには教皇の許可がいる。教皇までこんな蛮行を認めるとは信じられない。


「今すぐ撤収させるべきだ。石像まで持ち出したなら確実に我々を疑うぞ」

「ならぬ。太陽神様は精霊石を求めた。あれは我々の手にあるべきだ」

「だからといって……教皇!」


 他の枢機卿は終始このような調子だった。

 聞く耳を持たない。


 穏健派の彼の意見は昔から通りにくかったものの、これはいくらなんでも異常だ。

 教皇に判断を求める。


 年老いた教皇は杖で地面を二度叩いた。


「アリウス。お前が枢機卿になって十年か」

「え、ええ」

「一人くらいは叩き上げがいても良いと思った。実際に優秀だ」

「ありがとうございます」


 突然褒められたアリウスは動揺しつつも礼を言う。

 司祭の一人だった彼を枢機卿に引き上げたのは教皇だ。

 彼はその事に恩義を感じ、今日まで頑張ってきた。


「そろそろ、いいのではないか? 神に会わせても。神に会えば全て理解する」

「教皇の言う通り。理解せぬから我々の意図が分からぬ」

「神は絶対である」


 アリウスは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。話が通じない。人と話している気がしない。

 太陽神教は近年大きく拡大した宗教だ。

 この太陽神連合国はその象徴ともいえる。


 だが、同時に太陽神教には不可解な事も多い。

 ある時期まで歴史をさかのぼると、そこから先の事が一切分からない。

 意図的に情報が消されたとしか思えない。


 それに、枢機卿になってから予算の動きを追った時、教会とは別にやたらと施設がつくられている事に気付いた。

 しかしその施設の場所は一つとして分からない。

 何のための施設なのか。


 隠密部隊もそうだ。

 暴力で事態の収拾を図るための過剰なまでの戦力。

 こんな部隊を持つ必要があるのか疑問だ。


 アリウスは隠密部隊の存在は知っていても、管轄外だ。

 今回の事は部下に探りを入れさせてようやく掴んだ。


 太陽神の教えは、信じるもの皆に救いを与えるというものである。

 シンプル故に伝わりやすく、布教も順調だった。

 大陸全ての者を太陽神教の信徒にする。


 その為に他の枢機卿や教皇も動いていると信じていた。

 だが、近頃そうは思えない。

 暴走を抑えるためにアリウスは太陽神教内で勢力の拡大を進めていた。

 場合によっては、自分が権力を握らねばならぬと考えている。


「ついて参れ」


 教皇が立ち上がり、他の枢機卿と共に奥へと移動する。

 奥に部屋があるのは知っていた。

 教皇以外は立ち入りが制限されている部屋だ。


 教皇は首にぶら下げたロザリオを手に取り、扉の真ん中の窪みに押し込む。

 すると鍵の開く音がした。


「今日は晴れて太陽がよく見える。これなら少しだけ垣間見えるだろう」

「さっきから何を言っているのですか?」


 自分だけが異質な存在だと感じる。

 教皇は昨日までとは別人のようだ。

 この教皇は、枢機卿たちは本当に本物なのだろうか。


 バカげた考えが頭によぎる。


 扉が開かれると、眩しい輝きにアリウスはおもわず目を瞑る。

 少しずつ目を開ける。

 部屋の中には窓がない。

 だというのに、太陽の輝きが部屋を照らしている。

 部屋の中心に何かがあり、それが光を発しているようだ。


 不思議な光景だった。


「おお、今日は一段と強い輝きではないか」

「アリウス。なんと運が良い。初めての謁見でこれほど強く感じられるとは」


 他の枢機卿にとってはこの光景はずいぶんと素晴らしいものらしい。

 確かに幻想的にも見える光景だが、アリウスにとっては奇妙な光景でしかなかった。


「太陽神様、偉大なるそのお姿をお見せください」


 教皇は杖を地面に置き、光を放つものに祈りを捧げる。

 その姿は熱心で、純粋なものに見える。


「それは御神体なのですか?」

「見ているがいい。すぐに分かる」


 光が集約し、人型に変わっていく。


 他の枢機卿たちも祈りを捧げ始めた。


 ……アリウスもそれに続いて祈りを捧げる姿勢になる。

 そうしながらも、御神体らしきものに目を向ける。


 そのシルエットは人そのものだ。


<なにようか>


 頭の中に直接声が聞こえた。

 これは風魔法による連絡とも違う。

 初めて味わう感覚だった。


「太陽神様、今日はアリウスを連れてまいりました。アリウスはどうも我々のやり方に異議がある様子。その御威光を知らしめれば考えを改めるでしょう」

<いいだろう。お前達の行いで、復活の日は近づいている。報いようではないか>

「ははぁ。必ずや太陽神様をこの地に」

「必ずや」


 神。

 神への信仰により、神官は奇跡を扱うことが出来る。

 ゆえに、神は存在すると考えられてきた。


 だが、実際にこうして意志を交えられるとは思わなかった。

 しかし教皇たちの言い分では、まるで太陽神様が強引に事を進めることを望んでいるようではないか。


<アリウスだったか>


「は、はい」

<我が力を見れば、お前も理解するだろう。誰が、この地を統べるべきか>


 そうして、小さな光がアリウスの方へと向かう。

 そして、そのままアリウスの中へと入った。


 その瞬間、膨大な熱と共に太陽神の真の姿を垣間見る。


(これは、神なのか?)


 それは、人が見るには余りにも負担が大きく、そのまま気絶してしまった。


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