第253話 公爵令嬢

 執事の後ろに付いていく。

 道中には見事な庭園が見えた。


 他にもメインの屋敷以外に別宅らしい建物がたくさん見える。

 使用人の暮らす場所だろうか。

 他にも色々な施設があるのかもしれない。


 貴族の屋敷は、いざという時に籠城できるように設計されていると聞いた事がある。

 生存に必要な機能を集めているからこうして広くなる。


 維持費だけで一体いくらかかるのか。いくら金を稼いでもごめんだ。

 金が出ていく貴族じゃなくてよかった。金を稼げる商人の方が向いている。


 屋敷の入口で靴の泥を落とし、屋敷に入る。

 廊下には調度品が置かれている。見た限り全て本物だ。


 どれか一つだけの価値が、後ろにいる三人を買った金額より高い。


 王国でもこれほどの財力を持つ貴族などそうはいない。

 公爵という地位と、凄まじい発展を続けるアルサームから得られる税収。

 もしかしたら他にも収入源があるのかもしれない。


 応接の間らしき場所に通される。


「今しばらくお待ちください」


 そう言って執事がいなくなってしまった。

 ソファーに腰を下ろす。アズ達は後ろに立たせておく。

 ソファーはフカフカしていて、家のものとは大違いだ。


 素材は何だろうか。床に膝をついて、生地を間近に見ながら手触りを確かめる。素材は何だろう。

 羊の皮ではないようだが……。


「ちょっと、恥ずかしいからやめて。こういう時は大人しく座って待っているものよ」

「しかしこの手触りは突き止めた方が」

「いいから!」


 アレクシアが慌てて止めてきた。エルザは苦笑している。

 アズは真似して生地を指で触っていた。


 もう少しで素材が分かりそうだったのだが、確かに心証を損ねるのは良くない。

 それにそうした姿を見られるよりは直接聞いた方がいいだろう。


 そう思っていると、扉が開いた。


 出迎えるために立ち上がると、アレクシアと同じぐらいの年頃の女性がメイドを連れて入室した。


 亜麻色の髪をリボンで括っている。

 首につけているネックレスは翡翠か。

 確かこの辺りは翡翠の原産地でもあったな。

 ドレス姿で、見た目からして貴族の御令嬢だ。


 とうぜん公爵ではない。

 本人が来る必要は確かにない。

 地位のある貴族がたかが一商人を相手にする必要はないのだ。


 帝国の公爵夫妻の方が珍しい対応だったといえる。


「そのソファーはフレイムダッカルの皮を使っていますよ」


 そう言って女性は口元を隠して微笑む。

 どうやら話し声が部屋の外に聞こえていたらしい。


「これはご丁寧に。本日公爵様にお招きいただきましたヨハネと申します」

「ふふ。アナティア・デイアンクルと申します。オークションでは大変だったようですね。父から聞きました」


 公爵の娘か。なるほど気品がある。

 アレクシアも着飾れば負けないが。


 その際にはルビーでもつけさせよう。


「さあ、座ってくださいな」


 アナティアが先に座り、こちらに座るように促す。

 公爵令嬢であっても立場は向こうの方が上だ。

 素直に従う。


「庭園の世話をしていたの。ご覧になった?」

「案内されるときに遠くから少し。色とりどりの花があってとても綺麗に見えました」

「そう言って下さるとうれしいわ。ぜひ帰る前に立ち寄ってみてくださいね」


 貴族は本題に入る前に色々と話をする。

 社交界では如何に自然に情報を得るか。あるいは必要な情報を渡すかが大切とされていると聞いたことがある。


 商人も情報戦はやるが、少し趣が違う。相手に情報を渡す必要はない。

 だが貴族は色々と利権も絡み、一人勝ちをすると商人の比ではないほどの敵を生む。

 相手も勝たせ、華を持たせることで繋がりを維持するのだとか。


 面倒な世界だ。

 アレクシアのように嵌め込まれる場合もあるのだから、やってられない。


 今回の場合は雑談程度のものだろう。

 しばしアナティアと話を合わせる。

 こんな事もあろうかと、話のネタになりそうなものは目で追っていた。


「多くの店が立ち並んでいて、見事なものです」

「私がまだ幼い頃は違ったのだけど、ここ十年で一気に変わりました」

「なるほど。公爵閣下の治世の賜物ですね」

「私もそう思います。父に伝えておきますね」

「そう言えば公爵閣下はどちらに?」

「父はオークションを終えてからとても忙しそうなの。それに珍しく嬉しそうだったわ」


 オークションで公爵が手に入れたのは土の精霊石と壊れた王冠。

 どちらも金貨四桁の買い物だ。

 どのように使うのかは分からないが、眺めるだけでも飽きないだろう。


 土の精霊石は飾って眺めるだけでは終わらないと思う。

 やがて雑談も終わり、ようやく本題に入ることが出来た。


「今日は耐魔のオーブを持ってきてくださったとか」

「ええ。アズ」


 耐魔のオーブはアズに持たせてある。

 厳重に保管していたオーブをアズから預かり、ソファーの前にある机に置く。


 そして包んでいた布を一枚一枚剥ぎ取ると、姿を現した。

 無色透明。それも透き通るほどの透明さ。何度見ても美しい。


「これが耐魔のオーブですか。初めて見ました」


 アナティアは興味深そうに眺める。


「試してみても?」

「どうぞ」


 見ただけでは分からないのは当然だ。

 許可を出すと、さっそく指先に火を灯した。

 魔法で火を生み出したのか。


 それを耐魔のオーブに近づける。

 あと少しで触れそうになった瞬間、火が消えた。


「すごい。本当に魔法が消えたわ」

「そういう魔道具ですので」


 効果はオークションで受けた襲撃で実証済みだ。雷の魔法を見事に防ぎ切った。

 衝撃まではどうにもならなかったが、それは仕方ない。

 これだけだと魔法に対して万能のように思えるが、そこまで美味い話はない。


 アレクシアに実験させたところ、この魔道具にはクールタイムが存在する。

 強力な魔法を防ぐと、次の魔法に対して効果が落ちるのだ。

 そしてそれは時間経過で元に戻る。


 魔法による奇襲を防ぐには素晴らしい効果を発揮するが、立て続けに撃たれると弱い。

 もし魔法に対して万能であれば、金で買える価値を超える。


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