第254話 窓の外

 アナティア嬢にオーブが本物だと信じて貰えたようだ。

 公爵に偽物を売りつけるような真似はしない。


 少しでも疑われれば、向こうは権力でこっちをどうとでも出来るのだから。

 昔と違って、貴族との付き合い方も多少は分かる。

 痛い目に合えば成長するものだ。


 アナティア嬢は耐魔のオーブを隅々まで眺める。


「確かこのオーブの取引は金貨二五〇〇枚でしたか」

「そうお約束して頂きました」

「我が家がずっと探していた壊れた王冠と、土壌に干渉できる土の精霊石はともかく。父から話を聞いた時は少し高いと思いましたの」


 それはそうだろうなと思う。

 だが、その値段でなければ手放す気はなかった。

 直前に耐魔のオーブに命を救われたのだ。

 使用機会が少ないのは分かっていても、ずっと手元に置いておきたい気持ちがないといえば嘘になる。


 だからこそ、高く売れるなら売る。

 公爵は雷の魔法が直撃したのを直接目にしていた。

 最高の実演販売になったからこそ、五〇〇枚の値上げを即断してくれたのだと思っている。


「本物に触ったのは初めて。父は今屋敷に居ません。なので代わりに私がお支払いします」


 メイドが金貨の詰まった袋を持ってくる。


「確認なさいますか?」

「いえ、けっこうです」


 手形か何かだと思ったらまさかの現金払いとは。

 恐れ入る。


 屋敷を出たらすぐに預けなければ、狙ってくださいと言っているようなものだ。


 高額商品は渡してはい終わりとはいかない。二枚の羊皮紙を取り出し、お互いの名前を記入する。あらかじめ金額と品物の名前。そして免責事項を記入してある。

 後々揉めないようにするためには絶対に必要だ。


 これで売買は成立した。

 耐魔のオーブは公爵家のものになり、代金はこっちのものだ。


 こんな額の物を売ったのは生まれて初めてだ。

 ずいぶんと緊張した。


 出された紅茶の味も分からない。


「そちらの方も飲んでいかれたら?」


 アナティア嬢がアズ達の分もメイドに用意させた。

 断る方が失礼だろう。


「せっかくだ。頂戴しろ」

「それでは失礼して」


 まずはアレクシアから口をつける。

 気品のある動作でそつがない。

 アズはアレクシアの動きを完全に真似ることで対処していた。

 エルザは香りを楽しんでいる。


 全員のカップが空になったのを確認し、そろそろ理由を付けて退席しようかと腰を上げた瞬間、アズが窓の方に顔を向けた。


「どうかしたのか?」

「いえ、なにか物音がしたような」


 そう言いながらアズの目は窓から離れない。

 アレクシアとエルザもつられて窓を見る。


「あら、どうしました?」

「うちのものがなにか物音がしたと言っているのですが」


 確かに騒がしい気がする。

 揉めているのか?


「妙ですわね。そっちには特に何もなかったような」

「お嬢様!」


 アナティア嬢が窓に近づいた瞬間、窓が割れた。

 メイドが慌てて身を挺してかばう。


「何事ですか!?」

「さきほど窓が割れました。決して近づかないでください」


 メイド達が隠し持っていた武器をとりだして瞬く間に武装した。

 アナティア嬢を中心にして周囲を窺っている。


「これを見てください」


 アズがそう言って何か拾ってきた。

 黒い金属でできた球体だ。これがぶつかって窓を割ったのか。。


「確認しますが、あなた方の仕業ではありませんよね」

「もちろんです」


 そういうしかない。疑われているようだが、こんな事をしてもこっちには何のメリットもない。

 お付きのメイド達がピリピリしている。


「外に何かあれば兵が知らせに来るはずです」

「だが、来ませんね」

「そう簡単にやられるような者達ではないのですが……」


 部屋に閉じこもっていては何が起きたのか分からない。

 せめてもう少し情報が欲しい。


「私が外を見てきます」

「分かった。行ってこい。危険を感じるか何か分かればすぐ戻れ」


 すぐに許可を出す。

 メイドの一人が勝手な事は慎むようにと言ってきたが、このままでは埒が明かない。

 アナティア嬢の安否にも関わると言うと黙った。


「窓は蹴破って良いですか?」

「もう割れてるから、お好きにどうぞ」


 アズはエルザに祝福を貰ったのち、助走をつけて割れた窓を蹴破って外に出た。

 これで外の様子が分かるだろう。


「凄いわね。今の子」

「鍛えていますから」


 何かあればすぐに来るという兵は来ない。

 本格的に何かあったのかもしれない。


 アナティア嬢は平静を装っているが、手に力が入っているのかシルクの手袋に皺が寄っている。


「お嬢様、人を呼んでまいります」

「分かったわ。行ってきて頂戴」


 メイドの一人が部屋から出る。

 外は変わらず騒がしいままだ。


 少し待っていると、軽快な足音が聞こえてきた。

 この足音はアズだ。


「戻りました!」

「何があった?」

「太陽神の石像が暴れてます」


 太陽神の石像。

 夜な夜な生き物の血肉を貪っていたあの動く石像か。

 嫌な思いでしかない。


「公爵家に石像が設置してあったのですか?」

「まさか。すでに撤去しました。太陽神教の行いは聞いております」

「じゃあなぜ……」


 あんな巨大な石像が動けばすぐにわかる。

 いや、それは今はいい。


 問題なのはそれが今暴れている事だ。


 冒険者達が総がかりで戦ってようやく倒した相手だ。

 いくら精鋭揃いでも苦戦するだろう。


「あの」

「どうした。まだ何かあるのか ?」

「暴れてるのは一体じゃないんです。三体くらい門を押し破ってきてます」


 あんな化け物が三体いる。

 現場は大変な事になっているだろう。

 だが、知らせの一つくらいはあってもいいはずだ。


 ドアからノックの音がする。

 先ほど人を呼びに行ったメイドが戻ってきたのだろうか。


「どうぞ」


 アナティア嬢はこちらを見て頷くと、入出許可を出した。

 ドアが開く。

 そこにいたのは赤いフードをかぶった男だった。

 右手には血塗れのメイドが引き摺られている。


「ひっ」


 アナティア嬢の悲鳴が聞こえた。

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