第252話 王国の公爵家
冒険者の正装は冒険に出るときの服でよいとされている。
中にはオークションの時のようにドレスコードを要求される事もあるが、貴族と会う時などはそこまでしない。
冒険者が生まれてから貴族との関わり合いも決して少なくなかった。
上位の冒険者はむしろ貴族や大商人が主な顧客といってもいい。
その結果、色々な事を経てそういう暗黙の了解が生まれたのだという。
正装する金があったら装備に回したいのが本音なのではないだろうか。
店の外に出て、アズに振り返る。
「装備は磨いてきたか?」
「はい。綺麗にしてきました」
そう言っていつもの姿になったアズが全身を見せてくる。
長い髪もくくって短くしており、よく似合う。
身に着けた装備はこれまでの冒険で少し傷があるものの、新品同然に綺麗に磨かれている。
これなら問題ないだろう。普段から大事に使っているのがよく分かる。
一日磨いただけではここまで綺麗にならない。
他の二人も同様だ。
「装備の手入れは基本ですわ」
「ピカピカにしておきました」
「ならよし」
吐息が白い。この時期にこれなら今年は特に寒くなる。
流通に支障が出ないと良いが。
幸い雲が晴れて日が差してきた。
少し暖かい。
広場に行き、屋台で朝飯を買って食べながら移動する。
パンの中にチーズを詰め込んで熱を加えた料理をパクつく。
熱々のチーズがとろりとしていて美味い。
ポータルに到着し、名簿に名前を入力する。
行先は公爵領の中心都市アルサームだ。
帝国とも太陽連合国とも接する場所で、王国の貿易拠点ともなっている。
その為膨大な人と金が行き来し、それが豊かさを生む。
王国の中では王都に並ぶほどの発展を遂げていると聞く。
あの公爵の大胆な買い物ができる財力もそこから生まれているのだろう。
実は少し楽しみだった。
生まれ故郷のカサッドは好きだが、決して都会ではない。
帝国との国境が近いのであっちからの品物は入ってくるのだが、扱えるのは大きな商会だけだ。
店を持っているとはいえ、一商人にすぎないヨハネの元にまでは来ない。
いくつか帝国の都市と縁が出来たので、これから開拓していけば可能になるかもしれないが。
ポータルの中に入り、浮遊感を感じながら待つ。
地に足がついた。到着したようだ。
行きとは違う部屋の中にいる。
移動先の名簿にも名前を書いた。
部屋の外に出ると、カサッドとは違う風景が広がっていた。
転移とはどういう原理なのだろうか。
古い魔道具を加工して利用していると聞いた事はあるが、それ以上の事は分からない。
都市アルサームを眺める。
色々な店が立ち並んでおり、どの店も賑わっている。
道を歩く人も、どこか洗練された感じがする。というか歩くのが速い。
帝国の公爵が治めていた都市アテイルも発展していたが、あそこは農園が一番の主要産業だったのでどこかのどかな雰囲気もあった。
だがここは違う。
全体的に皆せかせかしている。
「そこにいると邪魔なんだけど」
「わるい」
周囲を眺めていると、邪魔になっていたようだ。
すぐにどくと、若い女性が足早に走り去っていった。
「とりあえず移動するか」
ポータルは今日はもう使用できない。
宿を確保し、公爵の屋敷の場所を調べる。
「一番立地の良い場所にたてるはず」
「すると……あそこか」
アレクシアの言葉であたりをつける。
ただ歩いていくとなると少し遠そうだ。
どうしたものかと思っていると、ある光景が目に付く。
「あれ、使ってみないか?」
広い都市の中を移動するために馬車が巡回している。
その停泊地点がちょうど近くにあった。
料金を前払いし、目的地まで移動してくれるようだ。
「公爵の屋敷まで」
そう伝え、全員で乗り込む。
乗り心地は悪くない。
座席にはクッションが敷いてあり、地面も石で舗装されている。
馬車で移動する時、アレクシアに地面を整地させたことがあるが、あの時と似たような感じだ。
馬車でゆっくり移動しながら街並みを眺める。
「あの店はなんでしょう?」
「あれは……宝石店だな」
「綺麗ですねぇ」
アズはそう言って眺めていた。
宝石の需要はどこでも高いものだが、ああやって店を出すということは金持ちや貴族、地位のある人物だけではなく一般の人も買えるということだ。
安い宝石でも数ヵ月分の食費になる。
それを買えるということは、この都市はそうとう潤っているようだ。
羨ましいかぎり。ここで店を持てばそれだけで成功できると商人の勘が言っていた。
もっとも、カサッドで店を持つよりも遥かに難しいだろうしその気もない。
カサッドの発展を願ってより店を大きくした方がいいだろう。
公爵の屋敷よりだいぶ手前で馬車が止まる。
どうやら馬車はここまでしか来れないらしい。
立ち入りを制限されるのは仕方ない。
馬車から降りた後は徒歩で向かう。
するとすぐに屋敷を囲っているであろう塀が見えてきた。
その塀に沿って歩く。
広い屋敷だ。
帝国の公爵もそうだったが、地位のある貴族は広い屋敷を建てなければならないのだろうか。
家の大きさ一つで揉めたり、舐められたりする。傘下の貴族に対して隙を見せられない。
商人も店の大きさで格が変わることがある。
そう考えると、これは人間の本質なのかもしれない。
大きな門が見えてきた。
武装された騎士が門を守っている。
近づいただけで睨まれた。
仕事熱心なことだ。
公爵から渡された手紙を渡すと、封蝋の家紋を確認し、門を開けてくれた。
門の中に入ると、老人の執事が一人歩いてくる。
「ようこそいらっしゃいました。ご案内します」
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