第251話 肉を焼く

 日ごろ頑張っているアズ達への労いも兼ねて、夕食はガッツリ肉を焼く。

 形に残るものも良いが、日々の食事の質を上げるのも大事な事だ。

 三人ともよく食べるので大量に仕入れる事を考え、羊一匹丸ごと買うことで割引してもらった。


 羊毛と毛皮は取引先に卸せるし、内臓も用途は多い。

 胃は水筒の材料だ。

 腸はソーセージだけではなく、楽器の弦にもなる。


 羊は捨てるところがないと言われている由縁だ。

 骨も骨粉にすれば肥料になるし、錬金術の材料にもなる。

 育てるのに広く草の生えた場所が必要なのが難点だが。


 商品に出来なかったり、食べない部位は解体を任せた肉屋にそのまま流した。

 珍味として販売される。


 するとどうだろう。

 羊一匹丸ごと買ったのに、帳簿上は金が減らないという結果になった。

 むしろ寒くなって値上がりしている毛皮のおかげで少し利益すら出ている。


 という訳で大盤振る舞いだ。


 裏庭でかまどを組み、その上に大きな鉄板を敷いた。

 火はややしっけた不良品の薪を使う。

 アレクシアの魔法なら多少の湿気などあっという間に乾燥させて火をつけることが出来る。


「火を頼む」

「ええ。ずいぶんと豪勢ねぇ」


 薪に火をつけたアレクシアは、大量に積んだ肉と野菜を見て呟いた。


「お前ら、ほんとよく食うからな」

「冒険の後は特にお腹が空いてしまって……」

「恥ずかしくないよ。私達体が資本ですからー」



 恥ずかしそうに俯くアズを励ますようにエルザが言う。


「気にする事じゃない。頑張ってるのはよく分かってる。明日のためにも今日はとにかく食え」

「はい!」


 アズの元気な返事を合図に、肉を焼き始めた。

 山盛りの肉にうずうずしている様は微笑ましい。

 焼けばすぐ食べられるように、肉は事前にたれに付け込んで味付けをしている。


 鉄板の火力はいい感じだ。

 トングを持ち、肉を次々と並べる。

 油とたれが鉄板に熱されて食欲をそそるいい匂いが広がる。


 周囲に家があったら苦情が来そうだ。

 親父が敷地だけは抑えてくれていて良かった。

 だからこそ拡張できるし、裏庭でこうやって肉を焼ける。


 焼けた肉を三人が次々と食べる。

 肉ばかりでは栄養が偏るので、隅で焼いた野菜を皿に乗せる。

 反応は様々だ。


 アズは気にせず野菜も食べ、エルザはしぶしぶ。

 アレクシアは嫌そうな顔をした後、肉と一緒に食べている。


 合間に自分用にも焼いて取り分けているが、なかなか美味い。

 今年の羊は脂がのっていて当たり年だ。


 羊といえば、もうじきウォーターシープがまた訪れる頃合いだ。

 前回はアズ一人だったが、今回は三人いるので結構いい戦果が出せるのではないだろうか。


 そんな事を考えながら肉をやいていると、山ほどあった肉もほとんどなくなった。

 食べ切れない量をと考えていたが、結局三人の胃袋に収まったな。


「腹いっぱいか?」

「はい。とっても美味しかったです」

「お肉をこんなに食べたの初めてかも」

「羊の肉はさっぱりしてていくらでも食べれますわね」


 おおむね満足したようでなによりだ。


 残った肉と野菜を鉄板にのせて焼く。

 鉄板についたたれや油を吸わせる茹でた麺を大量に投入した。

 これをすると後の掃除が楽になる。


 摘まむ程度であまり食べられなかったので、これが夕食になる。

 ただ少し麵が多すぎたかな。


 できあがったので火を消し、鉄板から直接食べる。

 たれが少し焦げて、それがいい味になっている。


 美味そうに食べていると、三人の視線を感じた。

 結局三人に分けることになり、多めに作っておいてよかったとしみじみ思った。

 デザートは果実の汁を固めたゼリーだ。


 片づけは三人に任せる。

 月がよく見える夜だ。

 周囲はもう暗くなってしまったが、火の精霊が明かりをつけて遊んでいるので不自由はしない。


「片付け終わりました」

「そうか。なら家に戻ろう」


 アズの報告を聞いて、お開きにする。

 中々楽しかったな。またやってもいいなと思った。


 ただ服についた煙の臭いが少し気になる。

 脱臭を考えなければならないか。


 エルザに聞いてみたところ、さすがにこれは浄化の奇跡の対象外との事だった。


 食事の後は静かに過ごした。

 腹を満たした三人は少し休んで風呂に入った後、話している内に眠くなってしまったようだ。


 三人ともいなくなったので蝋燭の灯りを消す。

 月明りだけが部屋の中を照らしていた。


 月の女神は幸運を運ぶという。

 商売には縁起がつきものだ。


 最後に結果を分けるのは運だと豪語する商人も多い。

 何事もなく、明日も過ごせますようにと心の中で祈り、横になった。


 次の日の朝、窓の日差しを開けると一面雪だった。

 どうやら眠っている間に降りはじめていたようだ。

 雲が覆っていて、雪の白さもありどんよりとした天気だ。


 最近ずいぶんと雪と縁がある。

 だが予定は変えない。寄り道もしたので、そろそろ出向いた方がいいだろうし。

 ポータルもあるので馬車は使わず歩きで行くか。


 着替えを済ませ、出発の準備をしているとエルザが部屋を開ける。


「起こそうと思ったのに残念」

「商人は早起きなんだよ」

「たまによく寝てますよね?」

「疲れている時は別だ」


 他の二人も部屋に来た。


 アレクシアはいつもより暖かそうにしている。

 普段なら両手を抱いて寒そうにしているのだが。


「インナーは具合がいいようだな」

「ええ。思ったより暖かくて助かりますわ」

「他の二人はどうだ?」

「暖かいですよ」


 そう言ってエルザがハグしてきた。

 確かに体温が高い。


「私も暖かいですから!」


 そう言ってアズも引っ付いてくる。

 これでは暑いくらいだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る