第248話 強すぎる竜殺し
音が聞こえる。断続的に聞こえる軽快な音だ。
周りをみるとまだみんな眠っている。
アルヘッヒが何かしているのだろうか?
体を起こし、着替えて部屋から出る。
外に出ると、冷たい空気が肌を刺す。
防寒具に身を包んでいるが、それでもこの時期の寒さはこたえる。
音の方へ出向くと、アルヘッヒが薪を割っていた。
この音が聞こえていたらしい。
片手で薪を用意し、もう片方の手で斧を落として割る。
大会の時も思ったが、凄まじい腕力だ。
それ位でなければ竜を相手になど出来ないのだろう。
「起きたか。確かヨハネだったな」
「ああ。部屋を貸してくれてありがとう。よく眠れたよ」
「そうか。それはよかった」
ちょうど薪を割り終わったらしく、アルヘッヒが立ち上がる。
今は鎧を装備していない。
「もうじきに更に寒くなって雪で道が覆われる。戻るなら今日の昼にでも戻った方がいい」
「今より寒くなるのか。それは困るな」
薪を移動するのを手伝う。
この辺りは燃える石は手に入らないので、薪が生命線のようだ。
彼の家に戻り、広間の暖炉に薪を入れて火を起こす。
少し外に出ただけで手が真っ赤になってしまった。
暖かくなってきた暖炉に手をかざす。
すると、アズ達も起き出してきた。
アズがこっちに駆け寄り、隣で一緒に暖炉で温まった。
身を寄せ合うとより暖かい。
するとエルザが後ろから抱き着いてきた。
体温が高いな。
「私も暖めて欲しいです」
「好きにしろ」
普段なら引き剥がすのだが、こういう時くらいはいいだろう。
朝食は温めた芋煮をご馳走になった。
体の芯から温まる料理だ。
片づけを終えて少しのんびりとした時間を過ごしていると、アズがアルヘッヒに近づく。
「もしよければ、稽古をつけて貰えませんか?」
「稽古? 私は構わないが」
そういってこっちを見た。大陸でも名の知れた竜殺しに稽古をつけて貰えるなら是非ともつけてもらいたい。
「俺からも頼むよ」
「そうか。なら少しだがやろうか」
アルヘッヒは剣を持って外に出る。
アズはそれを追いかけていった。
見学の為にエルザとアレクシアをつれて外に出た。
エルザは楽しそうだ。アレクシアは真剣にアルヘッヒを見ている。
黒星を付けられた相手だからだろう。
「直接戦ったから分かりますけれど、竜殺しは特別な技は持ってませんわ。切り札はあるかもしれませんけどね」
「なるほど」
「純粋な力を頼りに戦う。言うのは簡単ですけど、出来るのは人間だと彼とスパルティア王くらいかな」
「普通は戦う時の選択肢を増やすのがよいとされていますわ。でも、あそこまで行くと逆に選択肢を狭めて判断を早くした方が強い」
エルザとアレクシアは竜殺しを二人なりに分析している。
ヨハネからすれば強いということしか分からない。
アズとアルヘッヒはお互い剣を鞘に仕舞い、それで戦うようだ。
アルヘッヒは鎧を着て、大会の時と同じく自然体で剣を握っている。
構えもしない。
アズは灰王の構えをアルヘッヒに向ける。
すると、僅かだがアルヘッヒは目を見開いた。
仕掛けたのはアズからだ。
ヨハネの目からは消えたように映るほどの速さで前に出て、アルヘッヒに剣を打ち込む。
狙いは首だ。
それをアルヘッヒは少し上体を逸らして回避する。
避けられたアズは続けて剣を振るう。
だが、それはアルヘッヒの剣によって防がれた。
それどころか、防がれた勢いだけで後ろに吹き飛ばされる。
体重差もあるだろうが、なにより腕力の差がありすぎる。
アルヘッヒからは決してしかけず、アズの攻撃を防ぎ続けていた。
しばらくして、ようやくアルヘッヒが動く。
アズほどの速さではないが、軽快な動きで剣を振り上げ、アズに向かって振り下ろす。
「受けちゃダメよ!」
アレクシアが大声でアズに向かって叫ぶ。
アズは言われた通り回避した。アルヘッヒの剣が地面に当たった。
すると、地面が僅かに揺れた。
「おいおい、まじか」
少し体が傾いたが、エルザが支えてくれた。
剣の当たった場所は見事にえぐれている。
「反則ですわ、あんなの」
「ですねー」
「とんでもないな。人の形をした竜のようなものか」
一撃必殺、という言葉は目標であって実際にはよほどの差がなければ実現できない。
だが、あの一撃をみると、彼にとっては大半がその範疇に収まるだろうなと思った。
さすがのアズもその光景で戦意が落ちてしまったようだ。
だが、それで終わるアズではない。
アズの切り札である創世王の使徒の力を引き出す。
再び剣を構え、間合いを詰めて両手で剣を振り下ろす。
アルヘッヒはこの戦いで初めて両手を使って剣を握り、アズの剣に合わせた。
空気が震えるほどの衝撃の後、アズの剣が弾かれる。
割って入り、終了させた。
「スピードはいい。だが非力すぎるな」
「あんた相手じゃ殆どの相手は非力になるんじゃないか?」
「それはそうかもしれないが、威力はあればあるほどいい。相手を早く倒せるからな」
アルヘッヒとの模擬戦は、アズが非力すぎるという結論で終わった。
「最後のはよかった。地力をつければもっとよくなるだろう」
そう締めくくられる。
アズの切り札でさえ、彼にとってはいい一撃だった、で終わってしまうようだ。
まさに規格外の強さ。
その後、約束していた爪と翼を倉庫から受け取る。
竜にまつわる素材は初めて手にした。
資金的には扱えるだけの水準にきているのだが、いかんせん加工先も売る相手もまだいないので及び腰になっていたが、手に入ったなら付加価値を付けてそれを売るのが商人だ。
しばらくは色々と忙しくなるだろう。
宿の礼に家の雑用などを手伝い、昼食をごちそうになったあとは忠告通り王国へ戻ることにした。
ここに来るのは冬以外にするべきだな。
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