第244話 新しいモコモコの防寒具
薪ストーブのおかげで随分暖かく一夜を過ごせた。
これほどぐっすり眠れたのは出発してから初めてかもしれない。
念の為に扉に鈴を付けたが、心配しすぎだったか。
善意を信じきれないのは悪い癖だ。
薪ストーブの薪は燃え尽きて完全に灰になっていた。
灰入れがあったのでそこに薪の灰を入れる。
床に残った分を箒で掃いていると、アズが起き出してきた。
何時もならアズはヨハネより早く起きてくるのだが、何度も戦闘があったので疲れが溜まっていたのだろう。
「おはようございます……」
眠そうな顔で挨拶してきた。
「私がやります」
「いいから顔を洗って身嗜みを整えてこい」
そう言って荷物をまとめている場所を指さした。タオルや水筒がある。
アズは寝間着姿のままだ。
「はーい」
そう言って目をこすりながら移動していった。
薪ストーブの掃除を終えると、室内も少しずつ冷え始めていた。
外はずいぶん寒いようだ。
冷え始めたからか、アレクシアやエルザが起きる。
「おはようございますー」
「おはよう。冷えるわね」
起きた二人に毛布の片づけを指示して、顔を洗って着替えたアズを呼ぶ。
昨日買った新しい防寒具に身を包んでいたアズは、なんというかモコモコとしていた。
随分と可愛らしい。それに暖かそうだ。
耳を保護するためのイヤーマフが良く似合っている。
アズはこっちにくると、恥ずかしそうにしながら服を摘まんで見えやすいように広げている。どうやらどう見えるか気になるらしい
「どうですか?」
「可愛いと思うぞ。モコモコしてて」
「それなら良かったです」
そう言ってホッとしていた。
「アズ、昨日買った芋をアレクシアと焼いておいてくれ。暖炉の中でなら火の魔法を使っても良いだろう」
「分かりました。この芋はいつものとちょっと違いますね」
「芋だって場所が変われば種類も変わるもんだ。味も違うかもしれないぞ」
「そうなんですね」
さっそく芋を手に取ったアズが不思議そうに芋を見ていたので教えてやる。
芋を持ったアズはアレクシアの所へ行き、暖炉の前まで連れて来ていた。
毛布を片して着替えている内にアレクシアの目も覚めてきたようだ。
火の魔法を暖炉の中で発動させ、その上で串に刺した芋を二人で焼いていく。
「面白そうだから私も混ぜてー」
そう言ってエルザも加わっていた。寒いから火の魔法に当たりたいだけだと思うが、まあいい。そのまま三人に任せる。
あいにく地図は手に入らなかったので、深入りは出来ないだろう。
この時期のハイライズを回るには結構準備が必要だと痛感する。
芋が焼けたのでそれを朝食にする。
火の通った芋はホクホクしており、なにより甘い。
「甘いねー」
「いけますわね」
「ご主人様、ちょっと塩を振ると美味しいですよ」
「どれどれ」
アズの言う通り、塩をかけると芋の甘味が際立つ。
王国にも甘い芋はあるが、ここまでではない。
この寒さがこれだけの甘みを生み出すのだろうか。
それとも芋の種類か。
種芋がくっついていたので、戻ったらこれで試しに栽培してみるのもいいかもしれない。
食事を済ませて、ヨハネも防寒具を着込む。
「お、これは凄いな」
「暖かいですよね。これなら寒い場所でも大丈夫そうです」
寒さを和らげるというより、寒さを遮断するほどの効果があった。
このモコモコのパーツには高い防寒効果があるのだろう。
何とか再現できれば売り物にならないか。王国は紡績技術が発展しているので、真似できないことはない筈だ。
王国の冬はこの辺に比べれば暖かいが、北部はそれなりに寒いのは経験済みだ。
それに年中寒い迷宮も存在する。
そういった迷宮は訪れる冒険者も少なく、素材や得られるアイテムも高値になる傾向がある。
この防寒具なら、もしかしたらキーアイテムになるかもしれないな。
魔法による防寒はアレクシアほどの優れた魔導士でも維持するのが難しいようだ。
アズ達に攻略させて、うま味があることを周知した後に防寒具を再現して売れば一石二鳥だ。
王国内にもそういう迷宮はあると聞いている。
火のエレメンタルや魔石を使った防寒具なら吹雪の中でも問題ないが、それらは高級品だ。
一着で金貨百枚はする。迷宮の為に人数分用意するには結構な値段だ。
上級冒険者は持っているらしい。いずれは手に入れる必要があるかもしれない。
アレクシアやエルザも防寒具に身を包んでいる。
寒さに弱いアレクシアも平気そうにしていた。
エルザは何時も通りだ。防寒具に身を包んでいてもスタイルの良さが分かる。
「さて、とりあえず出発するか」
倉庫を出る。
周囲の雪を払っていた店主に礼を言って鍵を返した。
ここに来ただけでも芋と防寒具で収穫があったな。
さすがに今回のハイライズ見学は急すぎた。あとは山の方に少しだけ入って終わりにするか。
店主に聞いたところ、この村はノーフというらしい。近くの山がノーフ山と呼ばれているのが元になっているとか。
太陽が見えてきて、薄っすら積もっている雪が光を反射する。
澄んだ空気で遠くまで見える。良い景色だ。
ラバ達に着せている防寒具も買っておいた。
本来は馬用らしいが、ちゃんと付けられたのでいいだろう。
村を出るとき、野菜を吊るしている光景が目に入った。
どうやら水分を飛ばして乾燥させているらしい。
ああすることで長持ちさせて冬に備えるのだろう。
肉を燻製させるのと似たようなものなのかもしれない。
昨日買った野菜の中にもああやって乾燥させてものがあったので、料理に使ってみるのもいいか。
「朝のうちに山に少し入って、それから王国に戻る」
「ようやく戻れますのね」
「山、ですか」
「分かりましたー」
アレクシアはやれやれと言った顔をしている。
アズは山と聞いて少し顔が曇った。売られる前は山の寒村で生まれ育ったんだったな。
山は平地とは違い、吹雪いている。
これは奥に行くと遭難してしまう。
そう思っていると、山が轟音と共に揺れた。
ついで、大きな雄叫びが聞こえる。
人間のものではない。もっと大きな生物から発せられたものだ。
ここから近い。
「見に行くぞ」
アズ達が頷いた。
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