第243話 村落のお世話になる
ハイライズ。スパルティアの北部に位置する。
王国北部よりも経度が高く、寒い。
古くから、竜を狩ることを生業とした竜殺しが住む土地として有名だ。
それ以外の名産は乏しく、山が多くて農耕にも不向きになっている。
場所によっては羊の放牧も行われている。
竜の棲家が近いので移住者もおらず、長らく変化のない場所だ。
防寒具を着込んだアズが白い息を吐く。
昼間でこれだと、日が落ちればさぞ冷えるだろう。
アレクシアも服を着込んでいた。
「エルザ、ここに来たことがあるのか?」
「うん。近くに村落があるはず」
この辺りは司祭が一人で訪れるような場所ではないと思ったが、ひとまずエルザの案内でそこへ向かう。
近くにあるそうなので、夜になる前に辿り着きたい。
移動中に見える山々には雪が積もっていたが、平地は問題なかった。
まるで境目があるかのようだ。
「あそこですよ」
少し暗くなり始めた辺りでエルザが指さす場所を見ると、確かに村があった。
家の外につるしてある蝋燭の灯りが目立つ。
馬車と共に村に入る。
家の数は全部で二十もなさそうな小さな村だ。
近くの家の人間が扉を開けて外に出てきた。
松明を持ってこっちに来る。
ヨハネは少し考えて、司祭であるエルザに対応を任せた。
聖職者はこのような土地では信用されやすい。
「旅の人とは珍しい。どうかしましたか?」
「ハイライズの土地を一度見てみようと思って、ただ勝手が分からず近くに村を見掛けたので立ち寄りました。この村で食料を買ったり、宿をとることはできますか?」
「それはそれは」
エルザがそう対応すると、村の人は寒くて大変でしょう、と言うとある家を指さした。
「あの家に行けばいいですよ」
「ありがとうございます。貴方に幸運がありますように」
「司祭様、祝福をありがとう」
話を終えると村人は家に帰っていった。
「やっぱり司祭は信用があるな。こういう時に俺が出ていくとたまに不審そうな顔をされる」
「それは人相が悪いんじゃありませんの?」
「おい」
そう言うアレクシアを睨む。
だがどこ吹く風といった感じで効いてはいないようだ。
脇をつついてやると、敏感なのかよく反応してくれた。
案内された家に行くと、小さな看板がぶら下がっていた。
日用品、と書かれている。
見た目は家だが店をやっているようだ。
扉を開くと、中には色々な商品が並べられていた。
「いらっしゃい」
緩やかな声で、若い女性がヨハネ達を迎えた。
黒い服を着て長く青い髪を無造作に束ね、右ひじを机に突いて右手に顔を乗せている。
店主らしいが、あまり商売熱心な姿ではなかった。
日頃の客は村人相手だろうし、これがこの店の普段の姿なのだろう。
店の中は暖炉のおかげか暖かく保たれていた。
「旅の人?」
「そうだ。ちょっと色々あってな」
そう聞かれたので、今度はヨハネが答える。
商売ならこっちの出番だ。
「食料と防寒具が欲しいんだが」
「んー、そっちの辺りにあるよ」
そう言って左手で店主が指さす。
干し肉や保存が効く根野菜などがある。
その隣には防寒具が置かれていた。
種類は少ないが、全員分はあるようなので食料と共に買い取る。
「王国金貨だ。久しぶりに見た」
店主の女性はそういって金貨を摘まむ。
王国金貨は信用もあるので他の国でも使用できる。
両替を嫌がる店もあるが、ここは問題ないようだ。
この辺りは国に統治されていない場所だから、決まった通貨が流通していないはずだ。
他所の通貨だからといっても気にしないのかもしれない。
「まいど。宿はあるの?」
「いや、ない」
「倉庫で良ければ貸してあげるけど。沢山買ってくれたし」
馬車の中はどうしても風が入ってくる。
アレクシアの魔法で補助しても、アレクシアが寝てしまうと効果が落ちてしまうので冷える。
オークションに参加する過程で大分アズ達が疲労しているので、出来れば横になって眠らせたいところだった。
「助かる」
「たまに来る旅人には親切にしないとねぇ」
店主の女性は店を閉めると、倉庫に案内してくれる。
裏手にある倉庫はちょっとした小屋だった。
中はほぼ空になっている。
「今の時期は使ってないから」
そう言って奥から毛布を出して渡してくれた。
奥には薪ストーブが備え付けられていた。
煙は天井に繋がっているホースで外に出るようだ。
「悪いけど薪は有料。どうする?」
「この寒さじゃ仕方ない。買うよ」
料金を支払い、薪を一束置く。
「それじゃあね。出るときは一声かけて」
「どうも。助かるよ」
「ありがとうございます」
ヨハネが感謝を告げた後、エルザが頭を下げる。
アズとアレクシアも会釈した。
店主がいなくなり、ヨハネは座り込んだ。
「野宿はしなくてすんだな」
「ですわね。この辺りを見たいと言い出した時は、どうなることかと思いましたけど」
アレクシアはそう言うと、薪をストーブに並べて火をつける。
薪はパチパチと音を立ててゆっくりと燃え、室内が温かくなる。
十分温まったので、全員少し薄着になった。
特にアレクシアは沢山服を着ていたので、ようやく一息つけたようだ。
アズとアレクシアがストーブの前で冷えた手を温めている。
買った防寒具を広げてみると、今あるものよりモコモコとしており暖かそうだった。
食事は残っていた古い干し肉と、パンをストーブの熱で焼いて食べる。
この村がなければ、食料の問題で明日には帰路につかなければならなかっただろう。
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