第242話 撃退成功

 護衛から公爵の印が記された手紙を受け取る。

 これがあれば領地に行った際に公爵に会えるとの事だった。

 この手紙だけでも非常に価値がある。もちろん悪用すれば首が飛ぶ。


 そういえば帝国の公爵にも縁があったな。

 一商人としては破格の縁だろう。残念ながらこっちは商売に活かすのは難しいが。

 帝国が落ち着けばまた遠征しに行って稼ぎたいものだ。

 公爵夫人にはフレグランスを気に入って貰っているのでまた売りに行きたい。

 オルレアンも元気にやっているか知りたい。


 アレクシアも都市アクエリアスの様子は見たいだろうし。

 バロバ公爵との話を終えて、中の様子を見るために再び建物に入る。

 ドーム状の大広間は瓦礫の山になっていた。こうなる前は見事な光景だったが見る影もない。


 仮面の男が服についた埃を払いながらこっちにくる。


「いやはや、お客様にお手伝い頂くとは面目次第もない」

「無事追い払えたようだ。会場はこの有様だが」

「ああ、それは問題ありません。オークションが終われば島ごと解体しますので。しかし天空を舞台にすれば安全かと思ったのですが、場所が特定されるとは。参加者を増やしすぎましたかねぇ」


 そう言って肩を落とす。

 参加者の誰かがリークした、か。

 風魔法を使えば会話が出来なくもないし、訓練された鳥を使えば位置の特定も可能かもしれない。


 あれだけの参加者がいれば全員の動向に目を光らせるのは難しいだろう。


「それで、あいつ等は何だったんだ?」

「赤いローブを身に着けた集団、としか。一人捕らえたのですが、逃げられないと判断すると自爆してしまいました」


 残った証拠はローブの切れ端だけ、らしい。

 オークショナー側でも報復のために調査するとのことだった。


 アズ達が駆け寄ってくる。武装したドレス姿はなかなかギャップが凄い。

 美女揃いだからになるが。


「すみません。逃げられました」

「あと少しでしたのに!」


 アズが頭を下げ、アレクシアは悔しそうにしている。

 エルザは少し考えこんでいる様子だった。


「どうしたエルザ。あいつ等が誰か知っているのか?」

「いえ、そういう訳ではないですよ」


 水を向けると、考え込むのを止めていつもの様子に戻る。

 警備員達が瓦礫の撤去を始める。


 そこまでは手伝わなくても良いだろう。


「ヨハネ様。お礼と言ってはなんですが、これを」


 司会の男から差し出された紙を受け取る。

 それはスクロールだった。


「転移魔法のスクロールです。一定距離内の行きたい場所を願うと移動できますよ」

「ありがたく頂戴する」


 スクロールは特殊な紙を使用して魔法を封じ込められるアイテムだった。

 魔道石とは違い大規模な攻撃魔法は込められないが、それ以外は可能だ。


 転移魔法のスクロールともなれば、売れば金貨百枚は下らないだろう。

 いざという時の緊急手段にもなる。

 直接お金を貰うよりも良かったかもしれない。


 作業の邪魔にならないように建物の外に出る。

 外の広場では危機が去ったからかオークション品の受け渡しが行われていた。


「結局何のために来たのか分かりませんわね。くたびれもうけですわ」

「と思うだろ。これを見ろ」


 アレクシアに公爵の手紙を見せる。


「あら、これは」

「お前達が手に入れたオーブ、買いたいってよ。確かに何も買えなかったが、十分な収穫だからそう言うな」


 そう言ってアレクシアの尻を叩いた。

 手紙に気を取られていたので簡単だった。


「あなたはもう!」


 怒るアレクシアの言葉を聞き流しながら馬車に戻る。

 アレクシアのドレスは緊急時に破いてしまったので、着替えが必要だ。

 あられもない姿を他の男に見せたくないのもある。


 オークション品の受け渡しが終わり、最後にバロバ公爵が欠けた王冠と土の精霊石を受け取る。額が額だけに、周囲が祝福して拍手する。ヨハネ達も参加した。

 引き換えにオークショナーに一枚の紙が渡される。

 あれは小切手だ。金貨七千五百枚分の小切手、か。


 あまりの額に想像すらつかない。

 耐魔のオーブを合わせれば金貨一万枚!

 金銭感覚が違いすぎる。


 どれだけ豊かな領地を持っているのだろうか。

 もしかして元老院に席があるグラバール公爵もこれぐらい金持ちなのか?


 金は力と言える。

 そう考えれ一般市民など彼らにとっては取るに足らない存在にすぎないのだと実感した。

 だが、生まれから違う相手を妬んでも仕方ない。

 それに十分な恩恵は受け取っている。帝国公爵の縁で火の精霊がうちにはいるし、今回金貨二千五百枚の商談が生まれた。


 金を受け取るまでが商売なので油断はできないが。


 帰りはどうやら個別ではないらしい。転移魔法で生み出したポータルに次々と参加者が入っていく。

 アズ達の着替えが終わる頃にはあれだけいた人々がいなくなり、広場はがらんとしている。


 いつもの見慣れた格好もやはりいいなと思いつつ、ポータルに向かう。警備員達もポータルに入った後の様で、後は司会の男だけだった。


 シルクハットを取り、こっちに向けて深々と礼をしていた。

 そして杖を持っていない左手の指を鳴らすと同時に、天空に浮いた島が崩れていく。


「早く行かないと危ないですよ」


 見かねたエルザが手を引っ張る。

 壊れる瞬間というものはつい目を引く。ついつい見入ってしまった。


「もう、ボーっとしちゃダメです」

「悪いな」


 叱ってくるエルザを適当に相手し、ポータル内の時間を過ごす。

 やはり浮遊感にはいつまで経っても慣れそうにない。


 ポータルを抜け、地に足をつける。

 他の参加者は帰路についていたところだった。

 ラバ達はしばらく退屈だったのか、大きくあくびをしていた。


 こっちも帰るとしよう。

 ここはどこだ。地図を片手に周囲の地形と方位磁石を見る。

 あまり覚えがない土地だ。


「ここはハイライズじゃないですか? 見覚えがありますよ」

「ハイライズ? 確か……」


 竜殺し。オセロット・コロシアムに参加していたあの竜殺しのいる地区だ。

 国と言うほどまとまっておらず、ぼんやりと地区として分けられている。


 竜以外の資源に乏しいので侵略を受けることもなく、長らく平和な土地だ。

 ここから王国までは少し長旅になる。

 公爵達に着いていけば問題なく帰れるだろう。


 だが、どうせなら少し様子を見てみたい。

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