第241話 耐魔のオーブ

 稲妻に撃たれて壁に叩きつけられたヨハネはぐったりとしており、動かない。

 エルザが駆けよって患部を見る。

 右胸のあたりが焦げていた。


「エルザさん、ご主人様は大丈夫なんですか!?」

「静かに」


 エルザはあせるアズを落ち着かせ、上着を脱がせる。

 下に来ていた服にも稲妻による跡が残っていたが、上着に比べると損傷が小さい。


「これは……」


 エルザが患部に手をやると、ポケットからオーブが零れ落ちる。


「耐魔のオーブか」


 それは後ろにいた王族の男の声だ。少し感心したような声だった。

 エルザが癒しの奇跡をヨハネに施すと、ヨハネの意識が戻る。


「いたた、なんだったんだ?」


 背中をさすりながら立ち上がる。

 稲妻によるダメージはほぼなかった。

 壁に叩きつけられて意識を失っていただけだった。


「よ、よかった~」


 アズはそう言ってへたり込む。

 稲妻が直撃した瞬間を目撃しただけに気が気ではなかった。


 もしかしたら、と考えてしまったほどだ。


「どうしたんだ?」


 そんな事はつゆ知らず、ヨハネはへたり込むアズを不思議そうに見ていた。

 だが、中心部ではまだ戦闘が続いている。


 アレクシアやアズにやられた魔導士はまだ戦闘不能のようだが、時間が経てば復帰するかもしれない。


「何だか知らんが、さっきよりはマシだ。早くいくぞ」

「はい!」


 アズは立ち上がり、頷いて返事をした。


「ほら、アズちゃんも治療しないと」


 エルザはアズの右手を治療する。障壁ごと叩きつけたせいで裂傷が出来てしまっていた。


「つい無我夢中で気付きませんでした。ありがとうございます」

「さ、今のうちですわ」


 アレクシアを先頭に、ついに広間から出た。

 まずは外に出て武器を積んである馬車に向かわなければ。


 後ろに付いてきている集団もそのつもりだろう。


 オークション品はまだ受け渡されていない。

 司会の男がやられれば、オークション品が持ち去られてしまう。


 ヨハネは落札していないので被害はないのだが、だからといって盗人を見逃すの気もしない。それに上手くやれば謝礼金くらいは回収できるかもしれない。


 素手ではどうにもならないが、アズ達が武装すれば対抗できそうだ。

 通路を駆けて外に出る。


 来た時と同じように人が込み合っていた。

 違いはパニックになっていることか。


 多くは自分たちの馬車の周辺に固まって身を縮めている。

 少数が天空にいる事を忘れて逃げようと外に行こうとし、危うく落ちそうになってしまっていた。

 それを周囲の人がなんとか引き上げている。


 傍から見ると間抜けな光景だが、パニックになるとはそういうことだ。


 人を押し退けて馬車に戻る。

 ラバ達は肝が太いのかこの騒ぎでものんびりとしていた。

 アズ達が愛用の武器を手に取るのを確認し、再び建物の方を見る。

 着替えるほどの時間はない。司会の男が持ちこたえている間に向かわせなければ。


「それであいつ等を追い返してこい。あんなのがいたんじゃ帰るに帰れんぞ」

「ま、仕方ありませんわね」

「せっかくのドレスなんですけど」

「許せないです。ご主人様に怪我がなかったから良かったですけど」

「深入りはするな。ダメそうなら引けよ」


 そう伝えると三人は建物に突入していった。

 王族の男の護衛達も武器を持って続く。


 さすがに護衛なしにはせず、二人ほどお供に付けている。


 後はアズ達に任せるしかないだろう。

 そう判断し、水筒の封を開けて中身を呷る。

 リンゴ酢の水割りだ。


 思ったより喉が渇いていたのか、飲み干してしまった。

 覚えていないが、魔法を直撃。

 その後壁に叩きつけられて気絶したとのことだ。


 男としては少し情けないなと思う。


 水筒を馬車に戻していると、王族の男が近づいてきた。


「王国の王族様がなにか?」

「平気そうだな」


 そう言ってじろじろとヨハネの姿を見る。

 オーブのおかげで傷らしい傷はない。

 服はダメになってしまったが、これで済んで御の字だろう。


「ええ、まあ」


 話しかけてきた目的が分からず、曖昧な返事をする。


 その後、王族相手にこの話し方はまずいかと反省する。

 幸い相手は気にしていないようだ。


 護衛の一人が咳ばらいをし、ヨハネに向かって男を紹介する。


「このお方は王国公爵、バロバ・デイアンクル卿であらせられます」


 やはり王族だったようだ。

 とはいえここは王国内ではないので、膝をつく必要はないだろう。


「私は商人をしておりますヨハネと申します。それで公爵様が私に何の用ですか?」


 言葉遣いを正し、尋ねる。

 膝をつかなかったことに護衛は少しむっとしたが、当の公爵は気にしていないようだ。


「耐魔のオーブとは珍しいものを持っている」

「ああ、これですか」


 ヨハネはオーブを掲げる。

 手に収まる程度の透明な球体が、太陽の光を反射して輝いている。


「それを売る気はあるか?」

「ふむ」


 どうやらヨハネの持つオーブが欲しいようだ。

 持ってきたはいいものの売る伝手がなく、どうしたものかと思っていた。


 幸いに魔法を防いでくれたおかげで大した怪我を負わずに済んだので無駄ではなかった。


「先ほどお前の身を守ったように、耐魔のオーブは魔法に対して強い抵抗力がある。こういった魔法による奇襲を受けた時、持っているかどうかで生存率が変わるほどに」

「確かにそうでしょうね」

「どうだ? 私に売らんか?」


 公爵からの直々の提案だ。断って角が立つのは避けたい。

 だがはいそうですかと頷くのももったいない。


「いくらで買って頂けますか?」

「金貨二千枚出そう」


 思わず表情が変わりそうだった。

 何とか意志の力で防ぐ。


 王国金貨二千枚。随分な額だ。それだけの価値があるということか。

 だが、もう少し引っ張りたい。


「素晴らしい値段です。ですが、これは私の命綱でもあります。私の護衛は優秀ですが、見ての通り私は非力。また魔法が飛んで来たらと思うととても手放す気にはなれません」

「ふん。では二千五百枚でどうだ。いっておくが、これ以上出すつもりはない」


 一気に五百枚増えた。

 だが、宣言通りこれ以上は払わないだろう。

 護衛の目も怖い。


「分かりました。お売りいたします」

「うむ。よかろう。生憎とこの場では支払えん。事がすんだら我が領地に来い」


 引き連れている護衛の腕に自信があるのか、解決することを確信しているようだった。

 こっちもアズ達には信頼を置いている。必ず吉報を持ってくると信じている。


 そうしている内に穴の開いた天井から、ローブ姿の者達が逃げ出していく。

 見た限り逃げていくのは四人だった。

 どうやら追い払う事に成功したようだ。

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