第240話 侵入者たち

 ガラスに覆われた天井が割れ、その破片が一斉に周辺に飛び散る。

 あまりの音に思わず耳を塞ぐ者、叫び出す者、慌てて逃げ出す者。


 反応は様々だった。

 アズはすぐにヨハネの袖を引いて姿勢を下げさせ、上に被さる。

 エルザが全員に祝福を行うと同時に、アレクシアが風の魔法を使って細かな破片を弾く。


「なんだ、何が起こった!」


 顔を下げたままヨハネは叫ぶ。


「天井が吹き飛ばされました! 侵入者です!」

「クソッ! こんな場所でか」


 ヨハネはアズに離れるように言って、ようやく頭を上げて周囲を見る。

 多くの場所ではパニックが起きていた。


 上を見上げると、五人の赤いローブを纏った者たちがゆっくりと落下してきている。

 天井を吹き飛ばしたのはあの集団だろう。


 逃げ出す参加者と入れ替わるように、盾を持った警備員たちが広間に入ってきてローブ姿の者達を囲む。


 護衛の方は殺気立っていたが、王族の青年は事態を静観していた。

 何処に隠し持っていたのか、護衛達は棍の様な武器を構えている。


「おやおや、招かれざるお客様のようですね。招待状をお渡しした覚えはありませんが」


 司会の男は杖をローブ姿の者達に向けてそう言った。


「土の精霊石を渡せ」


 ローブ姿の男はそう言うと、ローブの中から杖を持った手を出す。

 互いに杖を向け、戦闘態勢に移る。


 ここは地上ではなく天空にある島だ。

 転移魔法以外に辿り着く方法は飛行魔法くらいしかない。


 あの集団は全員魔導士と思った方がいい。


 司会の男は要求に対して首を振る。


「オークションに出された品物は、落札者にのみお渡しするものでね」

「ならば奪うのみ」


 その言葉を皮切りに、ローブ姿の者達が一斉に魔法を放ち始めた。

 警備員たちは対魔法にすぐれたミスリルの盾を構えて防御している。


 その盾に隠れながら、仮面の男も魔法で反撃した。


 四属性の魔法が飛び交い、周囲にも被害が出始める。

 どうやら参加者の安全は二の次らしい。


 優勢なのは侵入者側だが、オークション側もよく耐えている。

 会場に入る際は武装解除のルールがある所為で、特にアズが何もできない。


 アレクシアの魔法とエルザの祝福が頼りだ。


 出口はここからだと大きく迂回して、侵入者たちに背中を晒すことになるので機会をうかがう必要がある。

 隣の王族がすぐに動かないのも同じ考えだからか。


 ローブ姿の侵入者たちはかなりの実力者らしく、隙を見て放たれる矢や槍なども魔法で弾いてしまっている。

 司会の仮面の男も相当な魔導士のようだが、多勢に無勢だろう。


 いつまでも居続けるといつ魔法が飛んでくるか分かったものではない。


「ここから出るぞ。最低でも武器を取りに行かないと自衛も出来ない」


 ヨハネの意見に三人は頷く。

 背を低くし、まず階段を上がる。

 戦いが起きているのは中心地点だから、なるべく距離をとりたかった。


 こっちが動き出すと、王族の連中も動き出した。ついてくる。

 もしかして盾にするつもりじゃないだろうなと思ったが、先に行けと言っても聞かないだろう。


 これだから王族は、と思いつつも先を急ぐ。

 先頭は魔法を相殺できるアレクシアに任せた。


 ドレス姿で移動しにくかったのか、側面を破って動きやすくしていた。

 緊急事態だ。やむを得ない。


 ローブ姿の一人がこっちを見た。

 目障りだと思ったのか、火球の魔法を撃ってくる。


 アレクシアは火のブローチを火球にぶつける。

 するとブローチに火が吸い込まれていった。


 火の精霊相手に火は無意味だ。

 ブローチの中で火の精霊がけぷっと煙を吐いていた。


 だがその所為で目障りな相手から格上げされてしまったようで、注目を浴びてしまった。

 こっちに魔法を撃った相手はもう一人に呼びかけ、二人で魔法を詠唱し始めた。


「こんな場所で大魔法なんて、加減を知りませんの!」


 アレクシアはそう言うと、火の鞭を魔法で生み出して唱え始めた二人に伸ばす。

 一人に命中し、後退させるが魔法の中断まではさせられなかった。


 もう一度鞭をしならせて攻撃する。

 しかし、相手の魔法が完成する方が早かった。


 火の鞭が大きな黒雲に飲まれて消える。


「チッ雷の魔法ですわね! エルザ、結界を張って」

「はいはーい」


 エルザが周囲に結界を張り、アレクシアがその結界を更に魔法で覆う。

 黒雲から一閃が走り、稲妻が結界に衝突する。

 大きな衝突音が響くが、結界は耐えきった。


 だが二度三度となると、結界に亀裂が走る。


 二人がこっちに向いた事でオークション側が押し返しているようだが、すぐに決着が付きそうにない。


「割れるぞ!」

「分かってますわ!」


 ヨハネの叫びをより大きな声でアレクシアは掻き消した。

 魔法で生み出した火の槍を構え、大きく振りかぶって投げる。


 スパルティアの戦士のように見事なフォームだった。

 火の槍は加速して稲妻を弾き、五人のうち一人の肩を貫き、そのまま落下していった。


「よし」


 アレクシアがガッツポーズする。

 同時に使用者から制御が放れた黒雲が無差別に稲妻を放ち始める。


 ヨハネ達の周囲にも飛び掛かり、ついに結界が砕け散った。

 稲妻を撃つたびに黒雲は小さくなる。


「走れ !」


 ヨハネの指示で全員走る。

 あと少しで出口というところで、黒雲から最後の稲妻が迸る。


 稲妻の速度は音よりも早く、視認してから回避することはできない。

 そして、それはヨハネに向かって放たれた。


 アズがとっさに振り返るが間に合わず、稲妻はヨハネの胸に衝突した。


「いやぁ!?」


 アズの叫び声が響きわたった。

 ヨハネが壁に衝突し、動かない。


 そこへ更に追撃しようとした侵入者を捉えたアズは、ドレス姿のまま階段を駆け下り、跳んだ。

 アレクシアを警戒したのか、強力な魔法を放つために長い詠唱を行っていた侵入者はアズの動きに対処が遅れる。


 瞬く間に間合いを縮めたアズは、右手を握りしめてローブの上から殴った。

 触れる直前に障壁が展開されて右手に裂傷ができたが、構わず力を込める。

 

 アズの攻撃を受けた侵入者は地面に叩きつけられて動かない。

 追撃の防止に成功し、着地したアズは、すぐにヨハネの元に戻った。



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