第239話 分不相応
オークションそのものは何度も参加したことがある。
初めて参加した時は父親に連れられて、小さな規模のものに参加した。
その時に落札した魔法石が、アズに渡した火の魔法を封じた魔法石になったという訳だ。
だが今参加しているこのトライナイトオークションは参加人数もさることながら、金額の規模が違う。
最初に提示された品物は宝石のあしらわれたブレスレットだ。
使われているのはただの宝石ではなく、純度の高い四属性の魔法石を加工したものを使用していた。
効果を増す為にエレメンタルも加えられていた。
見た目も見事だが、魔法の触媒としても優れている。
アレクシアに持たせている火の精霊が宿ったブローチに比べると効果は劣るだろうが、四属性というのがポイントだ。
有力な魔導士ほど欲しいだろう。
その証拠に魔導士らしき人物が何人かこぞって入札し、最終的に金貨300枚の値がついた。
最初から飛ばしている。
人以外は何でも揃うと呼ばれているだけあって、その後の出品も幅広いものだった。
壊れたり、経年劣化のあるガラクタらしきものでも、使われている素材だけで価値がある。
もし技術があれば修繕した上で転売できる。
中にはお宝といえるものも紛れていたが、見抜けない者ばかりではなく値が吊り上がってヨハネの予算では手が届かない。
隣の豪商が鏡竜の牙で作った鏡を落札していたのを見たが、金貨900枚の値が付いていた。
魔法の鏡としての効果があるのだが、コレクションとしての側面が強い。
「これは……文字通り見学で終わりそうだな」
「あるところにはあるのね。まったく、桁が違いますわ」
「あ、あんなお金どこから出てくるんですか」
「凄いですねー」
もはや他人事のように言う。
こっちは持ってきた金貨をすべて使って一つ買えるかどうかなのだ。
せっかく来たのだし、という気持ちもあるが、値段が値段だけに見守ることに徹していた。
次の出品は王冠だった。
煌びやかだが、一部が欠けている。
金で作られ、宝石が備え付けられているのでそれだけでも結構な価値がありそうだと思っていると、隣にいる王国の王族が初めて手を上げた。
正しくは使用人だが、金貨1000枚を提示する。
ばらして売ろうとでも考え入札していた他の参加者がその値段に怯む。
どう見ても金貨1000枚の価値はない上に、明らかに王族らしき相手にケンカを売るバカはいない。
落札が決定し札を渡されると、王族の男がふんっ、と鼻を鳴らす。
どうやらこの人物の目的はこの王冠だったようだ。
王国にまつわる品物だったのかもしれない。
魔剣の類も出品されていたが、その価格は金貨4桁枚だった。
上級冒険者の前衛が欲しがる定番の武器だが、これほどの値段とは思わなかった。
「冒険者にあんな値段の武器が買えるですか?」
「買える。ただし、上澄みの連中だけだ」
「彼らは大貴族よりも金がある、とは言われてますわね」
そう。冒険者の稼ぎはピンからキリだが、上に行くほど依頼料や得られる素材の価値が大きくなる。
中級に属するアズ達の稼ぎでも増築前のうちの店くらいは稼げているのだから、更に上ともなればさもありなん。
武器の携帯は認められなかった為、馬車の中に置いてきている。
いまアズに持たせている封剣グルンガウスを売るとどれくらいするのだろう。
魔剣よりは劣る宝剣というカテゴリーなので、あんな値段はつかないか。
例え高値がついてもアズが名前をつける位気に入っているので、売らないのだが。
参加者は多いのだが、実際に入札に参加するのは1/3程度で他はヨハネと同じく傍観している。
値段が値段だ。気持ちは良く分かる。
大型人食い植物の魔物の素材が金貨200枚で落札されたのち、オークションの前半が終了し休憩時間に入る。
一旦席を立ち、外の空気を吸いに行く。
「一介の商人にはちょっと荷が重いなこりゃ」
「ええと、そのー」
肯定する訳にもいかず、アズは曖昧に返事を返した。
天空にあるだけあって、空気は澄んでいる。
眺めも良い。いっそこのまま見学で終わらせてもいいかもしれない。
世の中には自分より金持ちはいくらでもいると理解していたが、それを実際に目にするといささかショックだった。
「もしかしてちょっと気落ちしてますの?」
「ほら、ご主人様は金こそ力なところがあるから」
「これから、これからですよ」
後ろでアズ達がこそこそと話している会話を無視して、柵に体重を任せて大空を眺める。
見渡すかぎりの広い空を眺めると、自分がちっぽけな存在に思えてきた。
ため息を吐くと、大きく体を伸ばす。
まだまだ一商人にすぎない事がよく分かった。
悪徳業者で金を巻き上げて満足していたのではとても足りないのだ。
やはり事業規模を大きくしていかねば。
アズ達の冒険者業については、いまのところ順調すぎるくらいだ。
このまま続けていけばいい。
休憩時間が終わり、再び建物の中に入る。
席に座ると、豪商の姿はなかった。
鏡以外にも幾つか入札していたので金が尽きたのだろうか。
王族の方はまだ座っている。
オークション前半は実用品が多かったが、後半は美術品の類がメインになっていた。
美術商らしき人達がこぞって参加している。
美術品に関しては専門外なので手が出せない。
アクセサリーなどの小物ならともかく、絵や彫像に関しては真贋の区別が限界だ。
価値までは把握できない。
勉強だと思って眺めるしかない。
終盤、目的のものを買えた人たちは浮かれ気味になっており、買えなかったものは悔しそうにしている。
そして遂に、最後の品物が出品された。
噂で聞いただけだったが、本当に土の精霊石が出品されている。
司会進行役の仮面の男が説明を開始する。
本来精霊石は精霊から分け与えられるか、討伐することでしか手に入らない。
それ故に絶大な効力があること。
精霊そのものだから当然だ。
ここにある土の精霊石は契約で手に入れた物であり、これを落札して手に入れても土の精霊の怒りを買う事はないとのことだった。
落札した金額の大半が土の精霊に渡るとのことだった。
(精霊に金なんて必要なのか?)
頭を捻る。
今まで火と水の精霊を見てきた。
どちらも超常の力があるものの気ままな存在という感じで、人間の貨幣経済なんて興味もなさそうだった。
精霊石は精霊にとって分身のようなもの。
それを渡してまで金を得て何に使うのだろう。
開始価格は金貨2000枚からだった。
この時点で参加資格はない。
これなら素材の一つでも入札すれば良かったなと思いながら入札を眺める。
隣にいる王族も参加しており、入札額は瞬く間につり上がっていった。
5000枚を超えた辺りで参加者の殆どが降りてしまい、王族と一人の商人との競り合いになった。
6500枚を超えて、遂に商人が降りる。
さすがは王族。金はいくらでもといったところか。
しかし土の精霊石が手に入るならばおつりがくるだろう。
水の精霊はアズの体内にいるし、火の精霊は火のブローチに住んでいるので、どちらも換金不可能だ。
残念。
カンカンカン、と木槌が台に打ち付けられ、落札が決まった瞬間。
爆発と共に天井が割れた。
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