第238話 トライナイトオークション
強い日差しで目が覚める。
隣ではエルザがよく眠っていた。
どうやら朝になったようだ。
身嗜みを整えて外に出て空を見上げると、違和感があった。
「おはようございます」
「おはよう」
アズの挨拶に応えながら違和感の原因を探す。
……雲がない。というか太陽が近い気がする。
「気になるなら警備員の近くまで行けば分かりますわ」
「どういうことだ?」
「言葉で説明するより、見たほうが早いということです」
「むっ」
アレクシアがそう言って広場の端を指さす。
人を避けながら言われた場所に足を向けた。
「これ以上は前に出ないように」
警備員に止められた場所で周囲を見る。
すると、アレクシアの言葉の意味が分かった。
広場から外には地面がない。
ヨハネの位置から見下ろせる範囲にも見当たらない。
つまり、この広場はどうやら空を浮いているようだ。
ヨハネは踵を返し、自分の馬車に戻る。
「どうでしたか?」
「驚きすぎて声も出なかったな。空島ってやつか。おとぎ話のものだと思ってたが」
「私もびっくりしました。落ちたらどうなるんでしょう」
「飛行の魔法がないと死にますわね。だから柵を敷いて警備員がわざわざ見張っているんでしょうけど」
天空の島。
オークション会場のこの広場は空に浮いた島だった。
確かにこれならば例え盗みが起きても、簡単には逃げられない。
防犯も兼ねていると考えれば納得できた。
アレクシア曰く飛行の魔法は風属性の高等魔法で、魔導士といえど習得しているものは少ないらしい。
「ちなみにアレクシアは使えるのか?」
「知っての通り私は火が主な属性ですわ。風の高等魔法はあまり向いてないの」
そういってふんっ、と顔を背ける。ばつが悪い時によくやる癖だ。
少し機嫌を損ねたかな。つまり習得していないということ。
もっとも、わざわざ外側に近づく必要もない。
初めて見た絶景なのは確かだったが。
「しかしどうやってるんだろうな?」
「不思議です」
アズと一緒に頭を捻る。
普通の手段ではどうやっても無理だ。
魔法でどうにかしているのだろうが、この規模となると見当もつかない。
「風の魔石と、風のエレメンタルを使って浮かせているんだと思いますわ。ただこの規模となると、相当な量を使っているのではないかしら」
「風の魔石か……」
そう言えば風のエレメンタルが高騰していた時期があった。
それでアズ達に風の迷宮に向かわせ、一儲けしたなと思い出す。
特に結晶はいい値段がついた。
あれはもしかしたらこの島が原因だったのかもしれない。
「なんにせよ景気のいい話だ。オークショニアはずいぶん儲かるんだな」
「興行みたいなものだし、話題作りも兼ねているのではないかしら」
「なるほど」
これを知った者は帰ったら間違いなく話を広めるだろう。
次のオークションにはぜひ参加したいと話を聞いた人間は思うはずだ。
そうすればチケットもより多く高く売れるだろうし、オークションは盛り上がる。
そんな話をしてると、奥からエルザが仮眠から戻ってきた。
「おはよーございますー」
寝起きの脱力した顔だったので、タオルを投げつける。
「なんだその顔は。さっさと洗ってこい」
「ふぁーい」
曖昧な返事をしながらエルザが馬車に戻っていく。
すると、同じタイミングで建物の入口が開いたようだ。
入口の近くにいた人間から中に入っていく。
ここから中に入るのはもうしばらくかかりそうだ。
どうせ時間が掛かるのなら、アズ達を着替えさせておこう。
「今のうちにドレスに着替えておけ」
「分かりました」
エルザを追いかけるようにアズが向かい、アレクシアもゆっくりと追いかけた。
やがて人が減り、隣の豪商も中に向かっていった。
広場の人影がなくなった頃に、アズ達が馬車から出てきた。
ドレス姿で動きにくそうにしているが、三人とも非常に良く似合っていた。
薄くではあるが化粧もしており、普段とはずいぶん雰囲気も違う。
「に、似合ってますか?」
アズが両手を胸の辺りで組み、上目遣いでヨハネに尋ねる。
黒いドレスがアズの白い肌を引き立てる。
靴は白いものを選んだ。
着ている下着も含めてヨハネが買ったものだが、それだけの価値はあったと思えるだけの光景がそこにはある。
「よく似合ってる。心配するな」
「そうですか。良かった」
えへへ、と照れたように笑う。
「私達も忘れないでくださいねー」
「着飾った女性を褒めるのは殿方の役目ですわよ」
アズに視線を送っていると、他の二人に凄まれた。
赤いドレスを着たアレクシアと。紫のドレスを着たエルザ。
ヨハネはやれやれと両手を上げて降参のポーズをとる。
「お前達もちゃんと似合ってる。どこに出しても恥ずかしくない立派なレディだよ」
「まぁ、今回はそれで十分としましょうか」
「ですわね。多少は気が利く台詞も聞けたことですし」
「さ、行くぞ」
馬車は広場の警備員に任せる。
中の金品は収納袋に詰めて持っていく。
ドレス姿の三人に持たせるのも格好が悪いのでヨハネが背負った。
建物に入ると、中はドーム状になっており真ん中に行くほど低くなっている。
真ん中を囲うようにぐるりと丸くテーブルと椅子が配置されていた。
中心部でオークションの品を見せて、競りを行うのだろう。
チケットは仮面の男に渡したが、代わりに渡されていた半券を取り出す。
そこには番号が記してあった。
これが席の番号だろう。
アズ達を引き連れて移動する。
かなり目立つのか人目を引いていた。悪い気分ではない。
席は割といい場所で、中心に近くオークションの品物がよく見える場所だった。
両隣の席に挨拶をする。
左側は豪商だった。
もう片方は……王国の国旗が見える。
どうやら王国の王族のようだ。
付き人がヨハネの挨拶に対応した。
こちらを見ることなく、どっしりと座っている青年がそうだろう。
こんな所でコネを作ろうとしても無粋と思われるだけだ。
無理に関わることもない。
席が埋まった頃、中心の台座に突然仮面の男が現れる。
転移魔法で出現したようだ。
中々心臓に悪い。
「お待たせしました。それでは今回のトライナイトオークション。開催いたしましょう!」
遂にオークションが始まった。
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