第245話 倒された飛竜

 音と振動で周囲の木に積もった雪が落下する。

 移動しながらアズの頭の上に落ちた雪を払ってやった。

 それに気付いたアズが礼を言う。


「ありがとうございます」

「凄い音だったな」

「そうですね、びっくりしました」


 アズに同意する。

 山の中は静まり返っていた。

 生き物の気配を感じられない。


「魔物達が身を潜めてますわ。よほど恐ろしいのね」


 アレクシアが魔法で周囲を探知して知らせてくる。

 どうやらいないのではなく表に出てこないだけらしい。

 あの振動と関係があるのだろうか。


 エルザの祝福のおかげでなんとか三人についていく。

 もしアズが本気で走れば、あっという間に置いていかれるだろう。


「もうそろそろかな」


 エルザの言葉にアズが頷いた。

 獣道に苦戦しながら音の震源地に向かう。


 薄っすらと汗をかきはじめた頃、木々が途切れて拓けた場所に辿り着いた。

 そこには地面に叩きつけられ絶命した飛竜と、一人の戦士が佇んでいた。


 あの戦士には見覚えがある。


「あれって、竜殺しの人じゃないですか?」


 アズが背伸びして耳打ちしてくる。

 つま先を必死に伸ばしている。


「たしかアルヘッヒだったか」

「コロシアムに参加してましたねー」

「私は直接戦いましたけど、とんでもない強さでしたわ。竜を狩るというのも分かる位に」

「そういえばアレクシアは試合で当たったんだったな」

「参加するように命令した人間が忘れましたの?」


 アレクシアは呆れるように言った。


 思わず話していると、竜殺しがこちらに気付く。

 血を払っていた剣を仕舞い、近寄ってきた。


「俺の名前を知ってるとは、どこかで会ったか? ちなみにドラゴンまで付けてくれ。これは俺が最初に殺した竜の名前を貰ってるんだ」

「悪かった。アルヘッヒ・ドラゴンさん。俺達……この子を覚えてないか? コロシアムで戦ったんだが」


 そういってアレクシアを横に並べる。

 アレクシアは頭のフードをとって顔がよく見えるようにした。


「コロシアム? そういえばそんな事もあったな。暇つぶしに参加した割には楽しめた。スパルティアの王は中々強かったのは覚えている」


 アルヘッヒ・ドラゴンは考える素振りをしながらアレクシアを見る。

 最初は覚えがなさそうだったが、アレクシアの背負った戦斧を見て合点が行ったようだ。


「斧。戦士、いや魔導士か。そういえば戦った記憶がある。あの頃よりも随分と強くなったのではないか?」

「あら、分かります?」

「ああ。火の精霊の気配が濃い。今ならもう少し苦戦しそうだ」


 褒められてアレクシアは気分がよくなった。

 どうやら彼には精霊の事まで分かるようだ。


「だが、なによりその少女」


 アレクシアから視線を外し、彼はアズを見る。


「君がこの中で一番強くなる。水の精霊の気配だけではない。何か他にも大いなる力を感じる」

「凄いですねー。そんなことまで分かるんですか?」


 感心したようにエルザが話しかける。

 アルヘッヒ・ドラゴンはエルザをまじまじと見る。

 だが、すぐに興味を失ってしまった。


「感覚だ。それにお前は少し得体が知れんな。それで、こんなところでどうしたんだ?」

「あ、ああ。少し用事でこの辺をうろついていたら音が聞こえたから見に来たんだ」

「それでわざわざ見に来たのか。暇な事だ。なに、はぐれ竜を狩っていただけだ。飛竜は放っておくと広い範囲で家畜を食い荒らすからな」


 彼は害獣を退治した、という感じで話す。

 だが、飛竜は純粋な竜ではないとはいえ、その戦闘力は非常に高い。

 討伐するのに都市一つ分の軍隊では足りないくらいだ。


 それを一人で仕留めてしまうとは。

 竜殺しの異名は伊達ではないということだろう。

 規格外とはまさにこのような人物の事をいうのか。



 アズ達が火竜に遭遇した時、戦いにすらならなかった事を考えるとまだまだ差がある。


「そうだ。お前達、解体を手伝ってくれないか? 一人でやると時間が掛かって仕方ないんだ。手伝ってくれたら少し分けよう」


 彼はそう言って飛竜を指さす。

 竜の肉は魔力が豊富で、解体してもすぐには食べられない。

 土に埋めるなどしてしばらく魔力抜きをする必要がある。


 だが魔力抜きされた竜の肉は最高級食材になり、高い値が付く。

 素材ももちろん大人気だ。

 本物の竜などめったに出回らないので、飛竜でも十分すぎるほどの価値がある。

 彼の商売の種になっているのだろう。


「詳しく話してくれ。どの程度分けてくれるんだ?」


 具体的な話を聞こうとすると、アズ達が少しだけ引くのが見えた。

 解体は大変な作業だ。それをさせられるというのだから、いい気分はしないだろう。

 それに飛竜は翼開長が大人四人分はある。一人で解体すると夜が明けるくらいかかる。


「心臓や魔石は譲れないが、肉や翼なんかは余らせているほどだ。その辺でどうだ?」

「飛竜の翼か……」


 確か翼はオークションでも見た気がする。

 爪とのセットで小さな欠片でもいい値段がついていた。


「爪もくれないか?」

「いいだろう」

「という訳だ。俺も手伝うから、解体しようじゃないか」

「はいぃ……」


 久しぶりにやる気の削がれたアズの返事を聞いた。


「血で服が汚れますわ……あ、そうだわ。エルザに浄化してもらえばいいんですのね」

「そんなに便利な奇跡ではないんですけど、仕方ありませんねぇ」


 アレクシアとエルザはしぶしぶという感じだったが、頷いた。


「まあ嫌そうな顔をするな。俺もやるし、肉はちゃんと売らずに食べさせてやるから。魔力抜きした後でな」


 そう伝えると、どうやらやる気が戻ったようだ。


「そっちの話はまとまったようだな。どう解体するのか指示するからそれに従ってくれ」


 家畜の解体経験はあるが、さすがに竜は初めてだ。

 リュックの中から解体用の道具を取り出す。

 

「それじゃだめだ。これを使え」



 そういって渡されたのは、年季の入った鉈だった。

 分厚い刃が威圧する。


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