第235話 極寒の中で

「ブリザードウルフ。初めて見ますわ」

「知ってるんですか?」

「吹雪と共に現れて人を襲う魔物よ。有利な時にしか襲わない魔物ね。さっきの狼達のボスといったところかしら」


 吹雪の勢いは更に強くなり、馬車に雪が積もっていく。


「このままだと雪で馬車が埋もれちゃうねー」

「私が対処しますわ。その間に何とかして頂戴。援護くらいはやりますわよ」

「お願いします」


 アレクシアが引いて馬車の近くで火の結界を展開する。

 結界内は吹雪を無効化し、熱が保たれる。

 馬車はこれで問題ない。


「戦ってる間に体が冷えたら結界内に移動しましょう。動けなくなります」

「うん、そうしよう」


 アズはブリザードウルフを指す。



「私はあの大きいのを相手するので、普通の狼は近づけさせないでください」


 エルザが頷き、二人で同時に走る。

 群れのボスがいるからか、先ほど逃げ帰った狼達は再び血気盛んに嚙みついた来た。


 エルザはメイスを振り上げ、狼に振り下ろす。

 一体はそれで叩き潰したが、後ろにいた狼が死体を乗り超えてアズへと飛び掛かる。


 血の滴るメイスを横にして、それを受け止めた。

 アズは視線を僅かにエルザに向けて頭を下げた後、スピードを上げる。


「そっちはよろしくー」


 ブリザードウルフは向かってきたアズに狙いを定め、毛を逆立てた。

 そして天に向かって咆哮した。


 アズが剣を右に振り上げ、跳ぶ。

 ブリザードウルフは右腕をそれに合わせてきた。

 力いっぱい剣を振り抜く。


 4本の爪がアズの剣と接触し、甲高い音が響いた。

 爪に僅かに傷をつけたあと、勢いに負けて後ろへ吹き飛ばされる。


 空中で回転しながら姿勢を整えて着地する。

 そして着地した時の勢いを使って前に跳ぶ。


 魔物を討伐し続けたことでアズの能力は高くなっているが、身長や体重はそのままだ。

 成長期で育っているとはいえ、急激に変化することはない。


 体の大きさはそれだけで有利不利を分ける。

 また体重を乗せることで斬撃の威力は大きく向上する。


 それらがないアズは、代わりにこういう時の力を利用することで補う。

 誰かに教わった訳ではない。


 より効率的に動けるように考えていくうちに、いつの間にか体得していた。


 アズは両手で剣を握り、剣先を狼に向けて固定する。

 勢いを最大限利用するなら突きだ。


 振り上げてしまうと空気の抵抗を受けて減速してしまう。


 ブリザードウルフは横に跳んで回避する。

 巨体が軽快に動く様は脅威だ。しかし、僅かでも宙に浮いた状態ではどれだけ速く動ける魔物でも回避行動がとれない。


 アレクシアからの援護攻撃で魔法がブリザードウルフの横っ腹に直撃し、全身が火に包まれた。


 避けられた時点でアズは地面を蹴って減速し、着地して剣を構える。

 そして火にまみれたブリザードウルフに再び向かい合う。


 直撃したのは確認したが、これで倒せるとは思っていない。

 やはり、ブリザードウルフは立ち上がった。


 火は吹雪で鎮火してしまったが、直撃した部分にはダメージが残っていた。

 どうやらいいダメージを与えたらしく、ブリザードウルフの顔から嘲りが消える。


 エルザの方を見ると、狼達をあしらっていた。

 何体か倒していたが、数が多くこちらには来れそうもない。


 ゆっくりと息を吐く。

 寒さで白い煙となり、消えていった。


 吹雪は治まる気配がない。

 狼達は毛皮があるから寒さには耐性があるようだ。


 だが人間は長時間寒さに晒されると命の危険がある。


 アズは既に動きにくさを感じていた。

 動きが鈍くなってから下がっても遅い。


 水の精霊も、寒さはどうにもできないようだ。


 もう少し戦った後一度下がろう、と判断して再び剣を構える。

 ブリザードウルフはそんなアズに向けて、大きく口を開いた。


 不思議に思っていると、エルザが大きな声でアズに向かって叫ぶ。


「魔法が来るよ!」


 何とか聞き取れた。すぐに後ろの結界との距離を考える。

 しかし今からでは間に合わない。

 何の魔法が来るか分からないのでうかつに回避もできなかった。


 アズは剣に魔力を注ぎこむ。迎撃するしかない。

 ブリザードウルフの口から、つららが吹雪を巻き込んで放たれた。


 範囲が広い。視認性も悪く、この吹雪の中で回避するのは難しい。

 向かってくるつららを見極め、剣で叩き落とす。

 細かい破片で切り傷ができるが気にする余裕はない。


 エルザもメイスでつららを吹き飛ばしていた。

 メイスはつららを粉砕していたのでエルザには怪我はないようだ。


 4度目のつららを弾いた後、ようやく収まった。

 つららによるダメージはないが、周囲を冷やす効果もあったようで、四肢の感覚が鈍くなってきていた。


 本来の力が発揮できない。

 これほど悪環境で戦うのは初めてだった。


 魔法が途切れたタイミングでアレクシアの魔法が飛んでくる。

 それに合わせてアズは後ろに下がった。


 しかし強めに蹴ったつもりなのに、思った半分も移動できていない。

 エルザがアズの肩を抱き、一緒に走る。


 エルザの体温はアズより高いのか、じんわりと暖かい。


 アレクシアの結界内に飛び込む。

 吹雪が途切れ、ようやくまともな環境だ。


 頭や肩に積もった雪が解けて服を濡らす。


「力が入らないです……」


 防寒具を脱ぐと、手が真っ青になっていた。

 エルザが両手でアズの手を包んで暖める。


「寒いね。頑張ったねー」

「助かります」


 ヨハネが馬車から出てきて、温めた飲み物を二人に渡す。

 リンゴ酢のお湯割りだ。残っていた生姜も混ぜてあった。


「これを飲んどけ」


 ブリザードウルフは馬車に向かってゆっくりと歩いてきている。

 やはり倒すしかないようだ。


 飲み物を飲み干して体の中から温まり、アズは両手を握っては開いて状態を確認する。


「一気に決めましょう。長時間戦うのは無理そうです」

「任せたぞ、アズ」


 アズは頷いた。


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