第236話 案内人
アレクシアの張った結界の前にブリザードウルフが陣取る。
こちらの様子を窺っているようだ。
火の結界を嫌っているのかもしれない。
「合図したら結界を消して、一気に畳みかけますわ。合わせて突撃して」
エルザとアズは頷く。
冷え切った身体も少し温まり、動けるようになってきた。
エルザが祝福を更新し、メイスを構えて合図を待つ。
アズは使徒の力を開放して、いつでも飛び掛かれるように準備していた。
ブリザードウルフが結界に向けて再び口を大きく開ける。
魔法でつららを再び放つようだ。
「いまよ!」
それを見たアレクシアはそう叫び、結界を解除して魔力を右手に集める。
つららを相殺できるだけの魔法が必要だった。
エルザが前に出て、妨害してくる狼達を払いのける。
そしてアズが勢いよく駆けた。
エルザと狼達の隙間を縫うようにしてすり抜け、ブリザードウルフまで肉薄する。
ブリザードウルフはつららを馬車に向けて放つが、アレクシアが魔法で生み出した火の矢に迎撃されていく。
氷が解けて蒸発し、それが再び凍って周囲に白い粉吹雪が舞った。
それを突き抜け、アズがブリザードウルフの眼前に迫る。
一瞬だけお互いに目が合った。
強い殺意が視線を通して伝わってくる。
魔物とは何なのだろう。
今まで出会ったなかで、強い個体ほど人間に対して強い悪意や憎悪を持っている。
その答えは分からないまま、降り掛かる火の粉を払うようにして魔物を退治する。
生きる為に。ヨハネの為に。
剣を振り抜く。
ブリザードウルフの体毛は硬いが、使徒の力なら十分斬れる。
剣が首に届いたのを確認し、封剣グルンガウスの力を発揮させた。
傷が一気に深まり、首を落とすまでは行かなかったが致命傷を与えた。
ブリザードウルフは大量の血を流しながら、ゆっくりと倒れ込む。
大きな音と共に、動かなくなった。
エルザと戦っていた狼達はそれを見た後、撤退していく。
足音が遠ざかっていくので、今度こそ本当に撤退したようだ。
ヨハネが防寒具に身を包み、馬車から出てくる。
その手には剥ぎ取り用のナイフが握られていた。
「せっかくだ。素材は回収しよう」
「時間は大丈夫ですか?」
「ギリギリだな。それに見ろ」
ヨハネが右手の人差し指を上に向ける。
アズはそれに従って空を見ると、太陽が出て来ていた。
吹雪そのものはまだ続いているが、勢いはどんどん弱まっていく。
天候が回復したようだ。
馬車が走れるなら時間にまだ余裕がある。
四人で毛皮を剥ぎ取る。
本来は血塗れになる作業だったが、死ぬとすぐ血が凍ってしまったようで、汚れずに済んだ。
そして心臓の部分から魔石を取り出す。
氷の形状をしており、強い力があるのはヨハネにも分かった。
こびり付いた血を剥ぎ取る。
牙や爪も回収する。
肉は流石に収納できないので置いていくしかない。
魔石は回収したので、置いていった肉を他の魔物が食べても強くなることはない。
「よし、詰めこんで馬車に乗れ。時間も押してきたし巻いていくぞ」
「全部詰め込みました」
アズが報告し、馬車に乗り込む。
ヨハネはヨシ、と頷き御者席に乗り込んでラバ達を走らせた。
雪は残っているものの、風も弱まり移動に支障はない。
遅れた分を取り戻すようにしてラバ達が走っていく。
アレクシアには、以前のように道を走りやすいように加工させている。
吹雪対策をしなくてよくなったので、その分を振り分けさせた。
それから半日かけてチケットに表示されている場所に辿り着く。
夕方から夜に差し掛かる時に、山脈に入る手前の場所だ。
地図と照らし合わせて、間違いない事を確認する。
「誰もいませんねー?」
エルザが周りを見渡すが、その言葉通り誰もいない。
不気味なほどに静かな場所で、危険な魔物達が棲む山脈がこっちを見下ろすかのようだ。
「どういうことかしら?」
「場所も時間も合っているはずだ」
アレクシアが地図とチケットを確認するが、確かに合っていた。
全員で馬車から降りると、丁度指定の時間になる。
すると、何もない場所から杖を突く男が現れた。
顔には仮面をつけ、シルクハットをかぶっている。
突然現れた男に対し、とっさにアズが鞘に手を当てる。
それを見た男は開いている手を突き出してアズを制止する。
「アズ、剣から手を放せ。どうやら案内人らしい」
「はい」
ヨハネに従い、アズは鞘から手を放す。
男は満足したように頷くと、仮面の下から声を出した。
「時間通り、であります。皆様をお連れしに参りました」
そう言うと、男は地面を二度杖で突く。
すると男の後ろにポータルが出現した。
「転移魔法……」
アレクシアが驚きを隠せず呟いた。
転移魔法は魔導士のほとんど使える者がいないと言われている失われた魔法の一つ。
存在は知っていたが、眉唾だと思っていた。
「よくご存じで。さあ、この中に入って頂ければ。チケットはここで回収いたします」
ヨハネは仮面の男にチケットを渡す。
何処に飛ばされるのかは分からないが、ここまで来た以上は帰るという選択肢はない。
アズ達が居れば多少の危険はなんとかなるという考えもあった。
アレクシアだけはやや警戒していたが、方針を覆せるだけの理由はない。
ポータルの奥はここからでは見えない。
「行くぞ」
ヨハネの声で進む。中に入ると不思議な浮遊感に包まれていった。
全員で馬車ごとポータルに入った後、仮面の男は周囲を確認してポータルを閉じる。
「さて、後は……。あと一組で終わり、でありますか」
地面を杖で二度突くと、仮面の男の足元にポータルが現れて男はそのまま落下する。
シルクハットが落ちないように頭を押さえていた。
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