第233話 オークション会場へ向かう道
[トライナイト・オークション]の開催地は今回から変更されるようで、開催が近くなるとチケットに集合場所が浮かび上がる仕組みになっていた。
価値あるアイテムが集まるオークションは狙われてしまう。
前回は目玉のアイテムが盗まれたと聞いた。
その為の対策なのだろう。
今回の集合場所は王国から見て北の位置。国境を越えた先だ。
何もない平野が続いた後、険しい山脈がある。その山を越えると強力な魔物が跋扈する危険地帯だ。
竜もいると聞いた事がある。
チケットには山脈手前に集まるようにと書かれていた。
嘆きの丘も北の方だったが、ここからは離れている。
「見てください、雪ですよ」
移動中に雪が降り始め、アズが指さした。
ヨハネが空を見上げると、顔に雪が落ちる。
それを見てアズが小さく笑う。
防寒具に身を包んだ姿は年頃の少女らしい。
「もう雪か。今年は厳しい冬になるかもしれんな」
「こっちの冬は寒いんですのね……」
アレクシアが毛布を頭からかぶっている。
帝国は王国より南に位置しているため、暖冬らしい。
なのでとても寒いようだ。
「なんだ、魔法でどうにかできないのか?」
「そんな便利なものではありませんわよ。ラバ達に使っているのだって気休めですし、それ以上は魔力の消費も大きいの」
「ほらほら、アレクシアちゃん。引っ付けば暖かいよ」
「うぅ、今だけですわよ……」
エルザがアレクシアの隣に座り、体を寄せる。
するとマシになったのか、アレクシアの顔色が戻った。
普段はスキンシップを押し退けているが、寒さには勝てないのだろう。
「アズは寒くないのか?」
「寒いですけど、慣れてますから」
「そういえば寒い場所に住んでたんだったな」
「はい。この辺りに近いと言えば近いですね。帰りたくありませんけど」
アズはそう言って、空を見上げる。
吐息が白い煙になって消えていった。
その表情からはどのような感情を抱いているか判別は難しい。
「心配するな。俺だって用事はない」
アズは頷くと、毛布を二枚持ってヨハネの居る御者席にくる。
毛布を受け取り、膝から下にかぶせた。
アズも隣に座って毛布を広げた。
「どれくらいで目的地に着くんですか?」
「このペースだと三日はかからんな。指定された時間を考えるとそう余裕はないが」
ヨハネは地図を取り出してチケットに書いてある場所と照合する。
場所が王国の近くで助かった。
遠いと移動だけで大変だ。
このオークションに参加するほどの者なら、その程度の事は苦にしないのだろう。
それにチケットを手に入れるのは中々の労力だ。
場所が分かってから売る者もいないだろう。
日が落ち始めたので馬車を止め、野営の準備をする。
エルザとアレクシアにテントの設営を任せ、アズと共に竈を作り干し肉を炙る。
アズの手際は経験を積みとてもよくなっていた。
酢漬けの葉野菜と共にパンで挟んで、それにスープとリンゴの蜂蜜漬けを添える。
栄養を補うためにナッツ類も摘まんでおく。
防寒のテントの中はほんのりと温かい。
冷たい風がないだけで随分と違う。
馬車は完全には防げない。
「動かないならやりようはありますわ」
アレクシアはそう言って魔法を唱える。
風と火の魔法を合わせて温風を生み出す魔法らしい。
快適な気温になった。
ラバ達が凍えないように小さなテントを作り中に入れている。
そちらにもアレクシアの魔法を使ったので寒さは感じないはずだ。
水で濡らしたタオルで体を拭いて綺麗にする。
オークションの場所に到着する前には一度入浴したいところだ。
エルザは寝る前に創世王に祈りを捧げていた。
熱心な事だ。
疲れもあるし、明日も早いので早々に眠る。
温かい空気にお陰ですんなりと眠れた。
しばらくして、目を覚ます。
明かりが消え、テントの中は真っ暗だった。
魔法の効果が薄れているのか、少し寒い。
周辺からは寝息が聞こえてくる。
どうやら寒さで目を覚ましてしまったようだ。
二度寝しようとしたが、半端な時間に目を覚ましたからかうまくいかない。
すると、テントから誰かが外に出ていく音が聞こえる。
他にも誰かが目を覚ましたようだ。
体を起こし、立ち上がる。
寝ているものを起こさないように静かに移動してテントの外へ出た。
すると、防寒具を着たエルザが外に居た。
「冷えるぞ」
「あら、ご主人様」
声を掛けると、エルザが微笑む。
その笑顔はまるで聖母のようだ。
「ちょっと外の空気を吸いに来ただけですよー。すぐに戻りますから」
「それならいいんだが」
「ふふ、でもちょっとお話しましょう」
そう言ってエルザは近くの石に座り、手招きする。
断る理由もなかったのでその提案を受け入れた。
防寒具をつけていても外に居続けると寒い。
エルザは毛布を取り出すと、二人で身を寄せてくるまった。
「ほら、暖かい」
エルザの体温は高く、こうしていると確かに寒くは感じなかった。
「思ったより平穏な日々には感謝しているんですよ」
「そうか? まあ待遇には気を使っているが」
「アズちゃんやアレクシアちゃんと一緒に居るのも楽しいですし。こうしてずっと過ごせていけたら良いな」
「過ごせばいいさ。適度に働いてれば俺からは文句はない」
「じゃあ、頑張りますねー」
長く一緒に居ると主従関係とは別の感情も芽生えるものだ。
エルザのような美人ならなおさら。
「もし」
すこし静かな時間が流れた後、エルザが口を開く。
「もしも、ですよ」
「どうした?」
「私達に何かあったら、あの時のように手を差し伸べてくれますか?」
あの時とは、恐らく命より大事だと言った時のことだろう。
男に二言はない。
手放すつもりもない。
「当たり前だ。それは主人の務めだろ」
「主人としてだけですか?」
エルザはそう言って毛布の中で手を繋ぐ。
そしてヨハネを静かに見つめていた。
「他に何がある」
心臓が少し高鳴った。
「それは残念です」
エルザはそう言うと手を放し、立ち上がる。
「そろそろ寝ましょうか。明日も早いですから」
「ああ」
二人でテントに戻る。
他の二人は眠りに就いたままだった。
眠るには少しだけ時間が掛かった。
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