第232話 ドレスコードに対応しよう

 ヨハネは生姜を手に取ると、表面を少しだけ削り落として細かくすり潰す。

 すると生姜特有の匂いがキッチンに立ち込める。


「不思議な香りですね」

「独特だよな。臭み消しにも使えるんだが、今回は飲み物に使う。コップを出してくれ」

「分かりました」


 アズがコップを人数分を机に置く。

 レモンを輪切りにし、蜂蜜を用意する。


 コップに生姜を汁ごと入れ、そこにレモンを乗せて蜂蜜をスプーン一杯分入れた。

 そこに沸かしたお湯を入れて混ぜると、生姜のドリンクが完成する。


「飲んでみろ」


 アズは頷いて、コップを手に取る。

 湯の熱が伝わり、冷えた手先が温まっていく。


 ゆっくりと口をつけると、甘みの後に独特の風味が広がった。

 嚥下して喉を通ると、それだけで身体がポカポカと温まる。


「美味しいです」

「薬扱いされたりもするんだが、体温を上げたり胃を癒したりするんだ」

「温まりますわねぇ。これは結構好きですわ」

「レモネードっぽいけど少し違いますねー」


 女性陣には好評のようだった。

 蒸した芋で食事を済ませる。


 窓には結露が発生していた。


「そろそろ本格的に寒くなるな。オークションの時期も近いし……そうだ」

「どうかしましたか?」


 ヨハネはメジャーを持ってくると、三人の身長を測り始めた。

 身長の次はスリーサイズだ。


「わ、なんですの?」

「なにって、測定だよ。オークションはドレスコードがあるから正装していかないとな。仕立てるには時間が足りないから既製品を手直しすることになるが」

「ああ、そういうことですかー」


 エルザは測りやすいように両手を上げる。

 アレクシアも面食らったものの協力した。

 最後にアズのサイズを測り、メモをする。


「服は店に今から行けば十分間に合うな。どうせなら自分で着るものを選ぶか?」

「あら、それはいいですわね」

「賛成、もちろん行きますー」

「私はどちらでも……」


 結局四人で服を見に行くことにした。

 向かうのは少しグレードの高い店だ。


 アズ達には冒険者として必要な物は揃えてあるが、パーティーで着ていくような服はない。

 エルザは司祭服なのでなんとかなるし、アレクシアは一応ドレスはある。

 しかしアズにはそういう服はない。

 アズだけに買うのもどうかということで、いい機会なので全員分購入する。


 店に入ると、女性の店員がこちらに来て対応してくれる。


「ドレスコードで必要なんだ。この三人に似合う服を」


 ヨハネがそう言うと、店員はかしこまりました、と会釈し奥に通される。

 大まかなサイズは最初に伝えたので、幾つか候補を持ってきてくれた。


 ヨハネはそのまま買うつもりだったが、試着して実際に見たほうがいいと言われて了承した。


 店員が手伝い、まずエルザから着替える。

 いくつかのドレスを試着した結果、紫色のドレスに決まった。

 エルザがドレスの裾を掴むと、足が見える程度にたくし上げる。


「どうですか? 可愛いですかー?」

「よく似合ってるよ」

「素直に褒められると照れますね」


 次はアレクシアの番だ。

 蒼いドレスもよかったが、髪の色と併せて赤いドレスにする。


「こういったものに袖を通すのは久しぶりですわね。普段来ているものとはやはり手触りが違いますわ」


 そう言うアレクシアはさまになっていた。

 やはり元貴族だけのことはある。

 腰に手を当ててそこに立っているだけで魅力的だった。


 最後のアズは、店員の勧めで黒いドレスになった。


「銀髪には黒い服、か」


 確かに黒が入ることで色が引き締まる気がする。

 白が似合うと思っていたのだが盲点だった。


「ど、どうですか? 変じゃないですか?」


 アズはしきりに服を気にする。

 あまり自信がないようだ。


「大丈夫。とってもよく似合ってて可愛いよー。ですよね?」

「ん、ああ。そうだな。十分魅力的だ」


 エルザに言われて生返事をする。

 実際にとてもよく似合っている。

 ヨハネに褒められて、アズは少し赤くなる。


「それなら良かったです」



 どうやらドレスは下着なども併せて買う必要があるらしい。

 一式を揃えると少し値が張るが、年頃の三人にはこういう楽しみも必要だ。

 奴隷という立場であっても、お洒落を楽しむ余裕はあった方がいい。


 購入した衣服は、直しが済み次第届けてくれることになった。


 店を出ると、先ほどまで晴れていたのに突然降り始めた。

 慌てて走って店に戻る。


 雨の勢いは次第に強くなり、店に戻った頃には服が少し濡れていた。


「やれやれ、まいったな」

「凄い勢いでしたね」

「ああ。今の時期にずぶ濡れになったらかなわんからな。そうなる前に戻れてよかった」

「ええ。そうなったら風邪を引いてしまいますわ」


 店の方は雨の影響もあってか客足は少ないようだった。

 見習いとして働き始めたミナにはちょうどいいだろう。


 離れたところから確認するとサラの言う事に従ってよく働いていた。

 あれなら心配無さそうだ。


 オークションに行く時はまた店を留守にする。

 その間はまた任せることになる。


 タオルで濡れた髪をぬぐう。


 それからオークションへ向かうまでの間はゆっくりと過ごした。

 アズ達にもあまり大きな事はさせなかった。

 寒いから何もする気が起きなかったのもある。


 冒険者組合に委託される依頼の件数もこの時期は少ない。

 無理に取り合いをしてもしょうがない。


 代わりに店の手伝いなどをさせる。

 寒くなると薪がよく売れるようになるので、裏庭でひたすら薪を割らせたり、倉庫から色々と搬出したりと。


 しばらく平和に過ごして、いよいよオークションの開催日時が迫る。

 久しぶりにラバ達の出番となった。

 馬車を牽かせて移動する。


 寒さにはあまり強くないのだが、うちにはアレクシアがいる。

 火の魔法で薄っすらとラバ達を包み込むことで寒さ対策にした。


 店を従業員達に任せて、早速移動を開始した。

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