第231話 新人さんいらっしゃい
次の日、昼休みの時間を利用してカイモルが妹を連れてきた。
短く赤い髪で、活発そうな印象を受ける。
応接室に案内し、中に入って貰った。
カイモルは妹が心配な様子だったが、追い払った。
応接室の中にヨハネも入り、椅子に座るように促した。
相手が座ったことを確認し、こっちも座る。
スムーズな進行の為に、事前にいくつかの質問を書いてもらったのでそれを預かる。
「名前はミナか。17歳で接客の経験はあると」
「は、はい!」
緊張しているのか声がうわずっていたが、ハッキリと大きな返事が返ってきた。
「いい声だ。商人は声がでかくて損はないからな」
「そうなんですか? えへへ、ありがとうございます」
意外なところを褒められたからか、ミナは頭に手をやり照れる。
「以前は定食屋に勤めていたそうだが、店がなくなったんだな」
「はい、2年ほど。とても良くしてもらってたんですが、店主のおじいさんが腰を悪くしてしまって。店を売って子供のところへ行くことになりまして……」
「なるほど」
よくある話ではある。ミナにとっては不可抗力だろう。
「うちの店は飲食店じゃないが、客を相手にサービスを提供するという意味ではそう変わらない」
「はい。兄から教えて貰ってます。忙しいのは慣れてるので大丈夫だと思います」
「それは心強いな」
受け答えもしっかりしている。
話している間に緊張も解けてきたようだ。
「今のところ人手自体は足りてるんだが、割とギリギリでな。いずれ店の増築も考えているから、前もって人を増やしておきたい」
「な、なるほど」
採用自体はほぼ決まりだ。
ただ念の為試用期間は設けておきたい。
「大丈夫だとは思うが、念のため計算を解いてもらう」
ヨハネはそう言って羊皮紙にいくつか簡単な計算式を書き、ミナへペンと共に渡す。
「時間は……今から10分としよう」
「はい、分かりました」
ペンを受け取ったミナは時計を確認し、羊皮紙に目を落とす。
足し算引き算と一桁の掛け算割り算の式が記入してある。
カイモルの家はそれほど貧しくないと聞いているので、教育も受けているはず。
これくらいは解けるだろう。
途中まではスラスラと解いていき、後半は少しだけ考える素振りをしたが結果的に5分程度で終えた。
見直しをしているのを確認し、そこで止める。
「予定より早いが、もう解けたみたいだから預かるぞ」
「どうぞ」
羊皮紙を受け取り、確認する。
うん、四則演算は問題ないな。
「よし、採用とする。ただ三ヵ月ほどは見習いとして扱う。その間少し給金は少ないが構わないか?」
「もちろんです。頑張って働きます!」
大きな返事だった。
給金の説明をすると、少し驚いた。
試用期間の間の給金も以前より多いとのことだった。
「慣れるまではカイモルに教わるか?」
「あのー、もし可能なら別の人に」
「そうか? 確かに公私混同になるかもしれないし、そうするか」
「ありがとうございます。兄の事は嫌いじゃないんですが、仕事を教わる時にからかわれたら喧嘩しちゃいそうで」
どうやら仲は良いらしい。
「さっそく今日から働いてみるか?」
「いいんですか?」
「ああ。もちろん給金も出すぞ」
「ぜひ!」
ヨハネは立ち上がり、それを見て慌てて立ち上がったミナと握手する。
新品のエプロンをつけて貰い、応接室から出て店の方に行く。
客の入りはぼちぼちだ。
これなら慣れるのにちょうどいい。
サラという女性の従業員を手招きする。
カイモルとは同期の女性だ。
「オーナー、どうしました?」
「新しい従業員を雇う事になってな。この子だ。カイモルの妹のミナという」
「ミナです、よろしくお願いします!」
ミナは大きな声で頭を下げる。
「元気ねー。ただちょっと声が大きすぎるかな。店の中ではちょっと声を落としてね」
「す、すいません」
「元気なのは良い事だよ。サラです。よろしくね、ミナちゃん」
「はいっ」
「サラに預けて仕事を覚えて貰いたい」
「おー、なら楽させてもらいますね」
そう言ってサラはミナを連れて仕事を始める。
ミナはサラの言う事に素直に従っており、ひとまず問題は無さそうだった。
カイモルは心配そうにミナを眺めていたので、手で追い払う仕草をして仕事に戻らせる。
いい兄貴をしてるじゃないか。
少し様子を見て、店の裏に戻る。
するとアズ達が買い出しから戻って来ていたところだった。
紙袋一杯に買い込んできており、アズの両手が塞がっている。
扉を開けて中に入る。
「ただいま戻りました」
「おかえり。ずいぶん買い込んだな」
「ジャガイモが豊作みたいで安くてつい」
「寒くなってきたからな。今夜はシチューでも作るか」
「楽しみです」
アズから紙袋を受け取り、キッチンの保管庫に具材を仕舞う。
日中でも冷えるようになってきた。
アズのほっぺたが赤くなっていたので、ヨハネは両手でアズのほっぺたを包む。
「ふぁい?」
「寒かったか?」
アズは頷いた。
すると、横に居たエルザがヨハネの手の上から自分の手を重ねる。
「つめたっ」
「私も暖めてくださいよー」
「分かった分かった。今暖炉をつけてやるから」
アズから手を放し、ヨハネは暖炉に薪を突っ込む。
「アレクシアー、火をつけてくれ」
「構いませんわ」
それからアレクシアが小さな火の玉を薪の中に投げ入れると、弾ける音と共にゆっくり薪が燃え始めた。
「お、生姜じゃないか」
紙袋の中身を片付けていると、小さな生姜が転がる。
「いっぱい買ったからサービスで貰いましたの。でもこれってなんですの?」
アレクシアは食べた事がないのか、生姜を手に取り不思議そうに眺める。
「なんだ、食べた事ないのか。ならいいものを作ってやる。丁度寒いときにぴったりだ」
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