第230話 頼るべきは身内だった

 夜が明けた。太陽の光が路地に差し込む。

 ヨハネにとって気分の悪い朝だった。


 誰もいなくなった路地から出て、警備隊の詰め所に子供達を連行する。

 盗みに不法侵入、それと横領もだ。

 やった罪は償わせる。約束通り、鞭打ちにはならないようにはしてやるがこれからが大変だろう。

 前科者になることを理解していれば、浅慮にこんな事はしない。


 三人の子供を引き渡す。

 カナハとは一切会話がなかった。


 店に戻る。

 アズがヨハネを慰めようと何か言おうとしたものの、何を言っていいのか分からないようだった。


「今日はもう休みにしていいぞ。アズは寝てないし」

「あの……いえ、分かりました」

「それじゃあ、ちょっと買い物に行ってきますわ」

「私も外に出てきますね」

「好きにしろ」


 ヨハネはアズ達にそう言って自分の部屋に戻り、椅子に腰かける。

 そして天井をボーっと眺めた。


 それにも飽きて、机の上にある袋からヒマワリの種を取り出して食べ始める。

 静かな部屋の中で種を噛む音だけが響く。


「それ、私にも頂戴よ」


 半分ほど食べたあたりで窓から声が聞こえる。

 そんなところから入ってくるのは一人しかいない。


「戻ってきたのか」

「まーね」


 ヨハネが窓に振り向くと、そこには開けた窓に腰かけたフィンがいた。

 いつもと同じように黒いファッションに身を固めているが、違いがある。


 包帯を左足と右腕に巻いていた。


 ヨハネは種の入った袋をフィンに投げる。

 フィンは左手でそれを受け取り、足の上に袋を置いて摘まむ。


「不便そうだな」

「ちょっとだけ。あーおいし」


 ヨハネは机の中からポーションを取り出すと、フィンに投げて渡す。

 フィンは種を食べるのを中断し、ポーションをキャッチして口から飲む。


 ポーションの効能で怪我が回復し、フィンは包帯を外していく。

 傷痕一つない綺麗な肌があらわれた。


「これいいやつじゃん。後で金払えなんて言わないよね」

「そんなあこぎな事はしないさ」

「ふーん。随分とお疲れだねぇ。面白い事も起きてたみたいだし」

「もう知ってるのか。お前がいればすぐ解決したのに」


 ヨハネが愚痴るように言うと、フィンが大笑いした。


「残念でした。私は忙しいっての。暇な時は手伝ってあげるからさ」

「ああ、それはいいんだが……。なぁ、イエフーダって知ってるか?」


 ヨハネが少しだけ考えて、先ほど会った男の名前を口にする。

 もしかしたらフィンなら知ってるかもしれないと考えて。


「イエフーダー? あー、最近ちょっと聞くようになった名前だ。簡単に言うと詐欺師だね。元太陽神教らしいんだけど、色々やりたい放題して追放されてる。こいつにやられたんだ?」

「少し荒らされただけだ」

「その割にはイライラしてるようだけど。ま、いっか。あーそうそう、帝国はしばらく行かない方がいいよ。荒れてるから」


 フィンはそう言うと、種を袋ごとポケットに入れて窓からいなくなる。

 色々と詳しく聞きたかったのだが、一瞬の事だった。

 これ以上は有料ということだろう。


 もうじき店を開ける時間だ。

 じっとしていてもしょうがないと判断し、部屋から出て店の方へ向かう。

 ちょうど従業員達がおもての鍵を開けているところだったので、一緒に開店準備を行った。


 カナハの事は深くは話さず、すぐに辞めたと説明した。

 彼女達にはあまり関係ない話だからだ。


 太陽神連合国からの輸入はまだ滞りがちだが、ようやく他からの供給が増えてきて店も以前と同じように十分な品揃えを用意できている。


 ロゴスから搾り取った金もあるので、更に規模を拡大したいのだがそこで問題になるのが従業員の確保だった。

 これ以上大きくするなら人員を確保しないと一人の負荷が大きくなって回らなくなっしまう。

 募集もしているのだが応募もない。


 なので孤児院からカナハを連れてきたのだが、その結果がこれだ。

 奴隷を新しく買ってきて店員にしてもいいかもしれないと本気で思っている。


 もうすぐ開店というところで、カイモルが相談があると言ってきたので裏に移動する。

 まさかやめるとは言わないよなと内心思いつつ、カイモルが話し始めるのをまつ。


「新しい子がすぐいなくなっちゃって、言うか迷ったんですが」

「どうした?」

「うちの妹が働いていた定食屋が畳むことになって、働き口を探してるんですよ。もしよかったら話を聞いてもらえないかなと」


 ヨハネはそれを聞くと、カイモルの肩に手を回す。

 そしてニッと笑った。


「そういう事は早く言えよ。明日にでも連れてこい。お前の妹なら信用できる」

「あ、そうですか。良かった。冬も近いし物入りな時期だし、ここは給料もいいし無茶な仕事もないですからね」

「そうだろ。結構気を使ってるんだぞ」


 肩から手を放し、背中を軽く叩く。


「もう、痛いですよ」

「悪い悪い。今日もよろしく頼むぞ」

「ええ」


 カイモルはほっとしたようで、軽い足取りで店に戻っていった。

 さすがに身内からの紹介なら断らない。


 一応話してからになるが、受け答えに問題がなければ雇うつもりだ。

 しばらくすれば十分戦力になる。


 オークションの時期が大分近づいているので、店はまた従業員に任せてこちらに専念するとしよう。


 部屋に戻り、金庫からチケットを取り出す。

 参加用のチケットで、これだけでは買う事しかできない。

 ヨハネの立場では売る側にコネクションが届かなかった。


 折角素晴らしいアイテムをアズ達が獲得してくれたので、できればここで高く売ってしまいたい。

 対魔法の効果があるオーブ。

 三人のうち誰かに持たせてもいいのだが、冒険者として活動させているので十分に活用させられない。


 物が物だけに、知り合いがいれば押し込めたのだが。



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