第229話 相容れない男

 ヨハネは心が冷えていくのを感じる。

 一度雇った上で盗みを働いた相手に、こうまで開き直られるとは思わなかった。

 これまでが人に恵まれていたという事か、とため息を吐く。


 カナハの話は終始自己弁護に偏っていた。

 あくまで自分たちは可哀想な被害者であるというスタンスのようだ。


 だがヨハネにとってはただの窃盗犯に過ぎない。

 素直に反省していれば情状酌量の余地もあったが、結局最後まで謝罪の言葉もなかった。

 こうして捕まり、手詰まりになってから交渉しても意味がないという事に気付いていないのだろう。


「で、結局名前も分からない男に言われて店の倉庫を漁ったと?」

「そうです」

「そして言われたものが分からなかったから、適当に抱えられるだけもっていったのか」

「だって、何も持っていかなきゃ怒られるじゃないですか」


 怒られないために盗むというのは支離滅裂だ。

 カナハがそう言った瞬間にアズが動きそうになったので、ヨハネは左手で制する。


「あの、この子達全く反省してませんよ」

「分かってるよ」


 これ以上聞いていられない、ということなのだろう。

 ヨハネの顔を立ててアズは大人しくしたが、冷たい目をカナハ達に向けていた。


 結局大した情報は持ってなかった。

 というよりは最初から使い捨てる前提の扱いと見た方がいい。


「……あの、ちゃんと話したし逃がしてくれますよね」

「それはお前が決めることじゃない。最初に行ったはずだ。俺の質問に答えないと心証が悪くなるだけだ、と」

「そんな」

「その男に何を言われたのかは知らないが、お前は一度伸ばした俺の手を払った。それだけじゃない。お前の居た孤児院に対する評判を考えたことがあるのか? 今回の事が露見すれば、下手するともうどの商人もあの孤児院から人を雇わなくなるぞ」

「あんな場所! じゃあ、私達をどうするんですか」

「そうだな。お前の言う黒幕とやらを捕まえるのに協力するなら、鞭打ちだけは免除できるように取り計らってやろう。言っておくが、罪人になるのは避けられないからな」


 カナハは舌打ちをする。

 どうにもカナハは楽な道へ楽な道へと逃れている印象を受ける。

 それにしてもヨハネの店で忙しく働くより、身元も分からない人間の言う事に従って犯罪を働く心理が分からない。


 給料は他の店よりも少しだが高いくらいだ。


 ヨハネは今まで堅実に生きてきた。

 アズ達を手元に置いて冒険者ビジネスを始めたことはかなりの冒険だったが、きちんと成果を出せるように準備も下調べも十分な時間をかけた。


「それで、お前達はなにを盗って来いと言われたんだ?」

「チケットって言われました。あと赤いブローチとか」


 赤いブローチはアレクシアに持たせている火のブローチの事か。

 それにトライナイトオークションのチケット。あれは確かに欲しがる人間は幾らでも居る。

 ヨハネが手に入れたことが漏れてしまったのだろう。

 どちらも間違っても倉庫には仕舞わないが。


「それで盗んだ後は?」

「さすがに二度も同じ店に盗みに入ると足がつくから、他の都市に逃がしてくれる予定でした」

「それはお前……」


 本当に逃がしてくれると思ったのかと言いたくなったが、やめた。

 これ以上は時間の無駄だ。


「もういい。合流地点に連れていけ」

「分かりましたよ」


 三人の子供を立たせる。

 先導させ、アズ達を引き連れて合流地点の場所に移動する。


 南へ一度向かい、そこから東に行く。

 都市の中でも古い場所で、細い路地が入り組んでいる。


 地元の子供でもなければ迷ってしまうだろう。

 少年の一人がカナハと交代し、路地を進む。


 ヨハネ達は見失って逃げられない様に後ろをついていく。


 すると、少し広い空間に出た。

 入り組んだ路地の中心のようで、外からは見えない。


 そこには一人の男がボロボロの椅子に座っていた。

 古びた黒いコートに身を包んで、微動だにせずじっとしている。

 少年達と共にヨハネの姿を見た男は、右手に持っていた煙草を握りつぶす。


「子供を使うんじゃなかったなぁ。使えそうな当てがなかったから仕方ないが」

「お前がこいつ等を使って俺の店を荒らした男か」

「ああ、そうだよ。お使いすらできなかったけど」


 そう言って男は笑う。

 緊張感のない男だった。

 なぜだろう。とても強い嫌悪感を感じる。決して相容れないような。


「いい隠れ蓑になっていたロゴスもいなくなっちまった。太陽神教もいなくなって稼ぎ放題だったんだけど潮時だったかぁ」

「どこでチケットの事を知ったのかしらないが、お前も捕まえて今回の事件は終わりだ」

「俺を捕まえたんだって? 困ったなぁ。俺は何もしてないじゃないか。やったのはその子供だろ」

「やらせたのはお前だ」

「そうだなぁ。確かにそうかもしれない」


 そこで男が立ち上がる。

 アズやアレクシアはもう戦闘態勢に入っている。

 男は不気味ではあったが、強そうには見えない。


「お前は怖くないが、後ろのお嬢さん達は怖いなぁ。殴られたら痛そうだから、ここで失礼するよ」


 そう言って、一枚の紙を取り出す。


「使わせないで!」


 その紙を見た瞬間、アレクシアが叫んで飛び掛かる。

 アズも走った。

 だがその間に男の姿が揺らいでいく。


「また会おうなぁ、ヨハネ。俺の名前はイエフーダ。覚えておけよぉ 」


 アズが鞘を投げ、イエフーダの頭に当たって悶絶する。

 しかし、アレクシアの手が空を切る。

 鞘が地面に落ち、カランと音が鳴った。


「移動魔法のスクロールですわね。迂闊でしたわ」

「逃げられたか」

「みたいですねー」

「それくらいの用意はしていたか」


 スクロールは魔法を封じ込めた紙のことで、やたらと高い。

 込められているのが移動魔法ともなれば、相当な出費だ。

 それを使わせただけで良しとするしかなかった。


 そして、こっそりと逃げようとする子供達の前に回り込む。

 どさくさで逃がしはしない。


「もうすぐ夜が明ける。そうしたら警備隊に引き渡す。全部の罪なら鞭打ちだが、いくらか差し引いて伝えれば罪状は鉱山の労役だろう。女ならそこの飯炊きか」


 そう伝えると、カナハはようやく観念したようだった。


 可愛げがない。

 アズの様に素直であれば、随分と可愛がる気になるのだが。


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