第220話 荒事なら楽なのに

 建物から出たアズは、小さくため息を付く。

 たらい回しにされている感じがする。


「そう簡単にはいかないみたいですね。もしかしたら解決するかもと思ったんですが」

「雲をつかむような話だもんねぇ。情報が少なすぎるよー」

「仕方ありませんわ。荒事ならともかく、こういった作業は慣れておりませんもの」

「ですね。とりあえずロゴス一家でしたか? そこへ行って今日は終わりにしましょう」


 アレクシアは肩を竦めている。エルザも少し飽きてきているのが見えた。

 ここで話していても埒が明かない。アズはそう話して歩き始める。

 南に更に進むと清掃が行き届いていないのか、すえた匂いがした。


 浮浪者の姿も見え始める。


 先ほどまでは曲がりなりにも治安が維持されていたが、ここからは何が起きてもおかしくない。


「こんな所があったんですね。いつも使う門からは離れてるし知りませんでした」

「まぁねー。少なからずどこでもこういった場所はあると思うよー。流石に王都とか帝都みたいな場所は綺麗にされてるけどね」

「首都は面子が関わりますから当然ですわ。ジェイコブも面子を大事にするタイプの貴族に見えますし、人の増加が落ち着けばこの辺にも手を入れるでしょうけど」

「そういうものなんですね」


 アズには貴族の機微は分からないが、面子は分かる。

 ヨハネも店は常に綺麗に整頓しているし、手伝いで店の周りを掃除は良くしていた。


 何故かと一度聞いた事があるが、商人としての面子だと教えて貰ったのを覚えている。


 なんだかんだと、思ったよりも時間がかかっていた。

 昼中は過ぎており、更に一仕事となれば夕刻に差し掛かる。


 浮浪者達は余所者のアズ達を警戒して遠目に見ているが、それ以上の事はしてこない。


 居心地の悪さを感じながら進む。


 ……奴隷にならず、もし村を抜け出していたらこうなっていたのかとふと思った。

 今のアズが冒険者として結果を出しているのはヨハネの後押しによるものだ。


 エルザやアレクシアが戦闘のセンスを褒めてくれる事もあるが、それは生き残ったからこそ発揮されるもので、もし1人で冒険者になっていたら何もできずに死んでいた可能性の方が高い。


 改めて感謝しつつ、犯人は必ず捕まえるという強いモチベーションが湧く。


 あの建物に居たリーダー格の青年が言う通り、大きな建物が見えてきた。

 浮浪者もおらず、綺麗に清掃されている。


 匂いもしていない。


 ここだけはスラムではないようだ。


 後ろを見て、エルザとアレクシアを見て頷く。

 2人もそれに合わせて頷いた。


 入口には看板があり、金貸しと書かれている。

 扉には鍵がかかっていないので、ドアノブを掴んで捻った。


 中は明るい。

 過剰な程に灯りが付けられている。


「いらっしゃいませ」


 受付には女性が1人。

 にこりともせず、淡々と告げる。


「お借入れでしょうか?」

「……いえ。聞き込みをしているのですが構いませんか?」

「申し訳ありませんが、お客様以外の入店はお断りしております」


 にべもなく断られた。

 当然と言えば当然だ。


 どうしたものか。これ以上はなにか名目が必要だ。


 受付の女性がこちらを不審な目で見始める。


「窃盗団に関して、この辺りに居ると聞きました。何か知りませんか?」

「何も知りません。お引き取り下さい。お引き取り頂けないのならこちらも強硬手段をとります」


 そう言って、鈴を持つ。

 どうやらあの鈴を鳴らすと用心棒でも現れるらしい。


 先ほどのならず者たちと揉めるのはともかく、ここで揉めるのは良くない気がする。

 今揉めて悪者になるのはこちらだ。


「分かりました。帰ります」

「左様ですか」


 アズ達が引き返すことを告げると、受付の女性は鈴を机に戻した。

 向こうもアズ達が引き下がるならそれで構わないらしい。


 踵を返し、ドアに向かう。


(フィンさんなら簡単に忍び込んだりするんだろうな。今度教えて貰おうかな)


 そんな事をぼんやりと思った瞬間、奥の部屋から物音が聞こえた。

 足を止めて振り返る。


 何度か物音がして、最後に女性の悲鳴が聞こえた。ただ事ではない。


「すいません、今の音は?」

「ああ。旦那様が奴隷をいたぶっているのでしょう。まだ何か?」

「いえ」


 奴隷をいたぶる。そう聞いた瞬間、無意識に左手の手首を撫でた。

 今はヨハネの意向で外しているが、奴隷の証である腕輪を付けていた場所だ。

 本来は、アズ達のように扱われるのが珍しい。

 悪辣な環境に、暴力のはけ口。そして寿命を減らすような無理な労働。


 それが奴隷という立場におかれたものの宿命だと今は分かる。

 最初こそ冒険者として送り出されて、泣いたこともあるのだけど。


 受付の女性は怪訝そうに此方を見ながら、鈴に手を伸ばす。

 どうやらここまでのようだ。


「帰りましょう」

「ええ」

「そうね」


 扉を開けて外に出る。

 残念ながら収穫は無かった。


 やはりフィンの力を借りないと難しいのかもしれない。

 一度ヨハネの所に戻ろう。


 アズ達は大きな建物を振り返ることなく、スラム化しつつある南側から離れていった。


 ただ、あそこには何かある気はする。

 そんな予感がした。


 店に戻ると、盛大に鍋を振るうヨハネの姿があった。

 どうやらストレスを料理にぶつけて発散しているようだ。


 テーブルには幾つもの料理が並べられており、良い匂いが漂っていた。

 ヨハネが帰宅したアズ達に気付く。


「帰ったか。丁度いい、飯に――。お前らちょっと臭いぞ」

「えっ」


 アズは思わず自分の腕や服を嗅ぐ。

 確かに言われてみると匂うかもしれない。


 あんな場所に長くいた所為だが、よりにもよってヨハネに指摘されると恥ずかしくて死んでしまいたい。


 慌てて浴室に駆け込む。

 やれやれ、とアレクシアが追いかけ、その様子をエルザが楽しそうに眺めていた。


「いや、お前も早く行け」

「私はほら、奇跡で……分かりましたー」


 浄化の奇跡を使おうとしたエルザに向かってヨハネは顎で浴室を示す。

 落ち込んでいる姿はもうない。どうやら気分転換は済んだようだった。



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