第221話 金の匂いがするな

 アズ達が風呂で汚れを落とし、着替えて戻るとヨハネの方も準備を終えていた。


「お、綺麗になったな」

「本当ですか?」

「ああ。飯にしよう」


 そう言ってヨハネがテーブルに座ったので、いつもの席にアズ達も座る。

 テーブルには料理が盛られた皿が埋め尽くされており、普段の倍近くはあった。


「作りすぎじゃありません?」

「まあな。無心で作ってたらこうなった。裏の菜園も色々実ってたしちょうど良かったかもな」

「料理の腕前に関しては文句のつけようがありませんわね」


 裏庭にはアズやエルザが世話している小さな畑が有り、そこには野菜が植えてある。

 アレクシアが魔法を使ったり、エルザが祝福をときおり使っている影響で育つのが早い。そしてでかい。


 今回はそれをたくさん使って豪勢な食事にした。


 ヨハネがパスタを食べ始めたのを見て、アズも続く。

 まず手前にあった、カリカリに焼かれたピザに手を伸ばした。

 既に六等分にカットされており、そのうち一切れを摘まむ。


 具は細かくカットされた野菜の上に沢山のチーズが覆われている。

 味付けはトマトソースのようだ。


 口をつけると、熱で柔らかくなったチーズが伸びていく。

 チーズが落ちない様にパクつくとあっという間に一切れ食べ切ってしまった。


 エルザはパエリアを取り皿に盛って、肉と野菜の炒め物と一緒に食べている。


 アレクシアは少しだけ目移りした後、ベーコンを挟んだパンから手を付け始めた。


 食事をしながらアズは得た情報をヨハネに報告する。

 あまり大した成果は上げられなかったものの、何もしてないと思われるよりはマシだと判断する。


 ヨハネはアズの報告を口を挟まずに聞く。

 最後まで聞き終わると、ナプキンで口を拭いワインで喉を潤した。


「南側はちょくちょく話は聞いていたが今はそんな事になってるのか」

「はい。特に奥は余り衛生的とは言えなかったです」

「スラム化一歩前だな。あの領主の息子の置き土産みたいなもんだが……」


 高すぎる税金や滅茶苦茶な運営の末、一時期だが都市の人口が減った時期がある。

 その際に南側が大きく過疎化してしまい、人が戻った今は脛に傷を持つものや貧しいものがなだれ込んでしまった。


「確かに犯人探しならあそこの可能性は高いか」

「そう思ったんですけど、どうにも上手くいかなくて」


 アズがフォークを持ったまま小さくなってしまう。

 そんなアズを見てヨハネは鼻で笑った。


「そんな簡単に見つかるなら衛兵は要らないだろう。だが金貸し屋か。匂うな」

「ま、まだ臭かったですか」


 アズは思わず反応する。年頃の少女にとっては死活問題だ。 


「そうじゃない。金の匂いだ」

「あらら、目が金貨になってしまってますねー」


 エルザが茶化す。


「両替屋位ならまだしも、金貸しなんてそう簡単に許可は出ない。都市の経済に影響を与えるんだ。誰でもやれたら問題だろ」

「それはそうですわね。借金漬けの人間が増えると碌な事になりませんわ」

「そうだ。それに悪質な取り立てが許されれば治安の悪化を招く。せっかく良くなってきた経済にそんな冷や水を浴びせたくない筈だ」

「南側はそうなった後の姿なんですね……」


 あれだけあった料理の山も皆の胃袋に収まってしまった。

 アズとエルザが率先して片づけを行う。

 アレクシアは2人に任せて食後のお茶を飲んでいた。


「それで、実際どうしますの?」

「ロゴス一家だったか? 間違いなく不認可の金貸しだ。一応裏は取るが、もしそうなら税金すら払っているか怪しいな。たんまり金を溜め込んでいるだろう」

「それはそうでしょうけれど」

「窃盗団との関係は分からんが、損害はこっちから補填させてもらうとしよう」

「……悪い顔して。商人はこれだから油断なりませんわ」

「その商人に使われる気分はどうだ?」

「いじわるな質問をしますわね。はいはい、良くしてもらってますわ」


 ヨハネは口の前で両手を組んで肘をテーブルにつく。


「悪い事の後には良い事が起きるもんだ」

「大丈夫ですの? その口ぶりだと揉めそうですけれど」

「お前達だけで揉められると色々と面倒な事になったが、早めに引いたのは助かったよ。別にお前達が暴れてつぶしてもなんとかできたが儲けにはならなかったし」


 アズとエルザが片づけを終えて戻ってくる。

 ヨハネは手招きしてアズを呼ぶ。

 アズはヨハネの元に向かう。


「なんでしょうか?」

「明日、俺も同行してもう一度そのロゴス一家の所へ行くぞ」

「はい、分かりました」

「その際は間違いなく暴力沙汰になるが、殺しは無しだ。出来るな」

「もちろんです」

「お前達もだ」

「はーい」

「武力を誇示するのは慣れてますわ。エルザもいるし、その辺の心配はしなくてもいいでしょうね。アズがやりすぎなければ」

「だ、大丈夫ですよ。剣は抜きませんし」


 アズは慌ててアレクシアの言葉を否定する。

 ヨハネに余り変なイメージを持たれたくなかったが、今更ではあった。


「いくら搾り取ってやるかな。法を盾に出来ない時、頼りになるのは暴力だ。それがあるからでかい顔をしているんだろうが、何時までもそれは続かん」

「真っ当な商売が一番ですわよ」

「そうだ。うちだって気を付けてるんだぞ。暴利なんて得ようものなら……はぁ」

「あはは、大変ですねー」


 そこまで言ってヨハネはため息をつく。

 もしかしたらロゴス一家に対して八つ当たりの気持ちもあるのかもしれない、とアズは思ったが、口には出さなかった。


 なんにせよ、覇気が戻ったヨハネの姿を見るのは嬉しい。

 何をどうするつもりなのかは皆目見当つかなかったのだが、アズはヨハネについていくだけだ。

 たとえどのような場所であっても。


「アズ。嬉しそうだな」

「元気なご主人様を見るのは嬉しいです」

「なんだそりゃ。変なこと言うなぁ」

「ですかね」


 ヨハネはそう言いながらアズの頭を撫でる。

 アズは静かにそれを受け入れた。

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