第219話 少女の姿をした何か
建物の扉が無くなってしまったので、そのまま入り口に入る。
埃臭い。それに灯りも少なく、外はまだ明るいにもかかわらず薄暗い。
小さくむせて咳がでたので右手を添える。
中には10人ほどの若者が集まっており、アズによって吹き飛ばされて扉に埋もれている男に注目していた。
殆どの人は唖然としている。
「なんだぁ?」
「入口の方から吹っ飛ばされてきたぞ」
「あいつ等がやったのか?」
ようやく状況が呑み込めてきたのか、ざわつき始める。
その中で、一人の青年が大きく手を叩いて音を鳴らす。
すると、ざわめきが収まった。
どうやらリーダー格のようだ。
「なんか用?」
青年は持っていた酒瓶の中身を飲み干し、取っ手を持ってテーブルに叩く付けて即席の武器を作る。
酒瓶に薄っすらと残っていたワインの水滴が地面に落ちた。
明確な威嚇だが、酒瓶を割って作った武器より魔物の爪の方が遥かに危険な事を考えれば大した脅威でもない。
ただの少女には過ぎた威嚇だが冒険者相手には虚しいほどに意味が無い。
「最近この辺りで犯罪が増えてるって聞いたんだけど」
「あん? だからなんだよ。俺達がやったとでも?」
「違うの?」
アズはそう言って顔を傾ける。
可愛らしい容姿も相まって、相手の青年は少し毒気を抜かれたようだ。
「何なんだお前……。衛兵かと思って損したわ」
「衛兵が怖いって事は、やっぱりやましいんだねー」
エルザがそう言って青年に顔を近づける。
端整な顔立ちに怖気づいたのか、青年は一歩下がった。
「そもそも、ここは許しを得て住んでるの? 違うよね。人が管理してこんなに傷まないよ」
「チッ。ああそうだよ。お前等、もしかして立ち退きでも頼まれた冒険者か!」
青年がそう言うと後ろの若者たちも一気に立ち上がり、手当たり次第に武器を持つ。
「冒険者は合ってるけど、立ち退きは私達の仕事じゃないよ」
「なら出ていけ。いや、こいつの治療費と修理代は置いていってもらう。何ならその体で払っても――」
青年がそう言った瞬間、青年の顔の隣に水の塊が通り抜ける。
水の塊は壁に衝突すると、音を立てて大きな穴をあけてただの水に戻り周囲を濡らす。
「まどろっこしいですわ。貴方達がここを不法占拠して、軽犯罪で糊口をしのいでるのは見れば分かりますの。私達が聞きたいのは、先日ある店から盗みを働いたかどうかと、その店の店員の行方よ」
魔法一発で多くの若者の戦意は喪失してしまったようだ。
リーダー格の若者も、冷汗を流している。
「な、なんだよ。それ」
「とりあえず武器、降ろそうか?」
エルザがそっと手袋を履いた左手で青年の右手首を掴む。
そしてそのまま締め上げた。
「ぐぁっ」
青年は小さく悲鳴を上げ、割れた酒瓶を落とす。
「こ、このシスター」
「君、冒険者と揉めたこと無いね」
エルザは手を放す。
青年は右手首を抑えてエルザを睨むが、当の本人は涼しい顔だ。
「言えば失せるんだな?」
「ええ、それでいいですわ」
青年が後ろを振り返る。
「最近何かやったか?」
「当たりなしのクジを売りました」
「屋台の店を片っ端から余り物を買い叩いて売りつけました」
「店なんかで盗んだら絶対厄介な事になるじゃないですか。それよりは置き引き狙った方が安全っすよ」
次から次へと、まるで自慢するかのように犯罪の経歴が出てくる。
しかも、どれも小さな犯罪だ。
衛兵が後回しにするのも分かる。
被害にあった人にとっては笑えないだろうが、わざわざ目的を変えて彼等をどうこうする気にもならない。
そう言った仕事も請け負っていないし、対処するのはあくまで衛兵の仕事だ。
ここに案内した少年にとっては恐れる集団なのかもしれないが、アズは気が抜けた気分がした。
ヨハネがやれと言えばすぐさま叩き伏せるけど。
「店で盗みだったか? 俺等じゃないな」
「……そうみたいだね」
居なくなった店員らしき人物も居ない。
無駄足だったか、と内心ため息を付く。
「そうだ。あいつ等ならやるかもしれねぇなぁ」
青年は何かを思い出したようだ。
「あいつ等って、ロゴス一家の事ですか兄貴」
「ああ。あの連中と比べれば俺等がやってることなんか可愛いもんだぜ。上納金もないしな」
「違いない。下っ端が納められなくて鼻を折られてたのを見ましたよ」
話が逸れ始めたのを見てアズは剣の鞘で床を叩く。
青年たちは話を止めてアズの方へ向いた。
「その、ロゴス一家? ってのが怪しいの?」
「そうだよ。俺等は確かに犯罪をしてるが、生きる為に少しだけやってるだけさ。だがあいつ等は弱い人間を食い物にしてる。もう衛兵もめをつけてるんじゃねーかな」
「判断するのは私じゃなくてこの都市の法だよ」
どのような理由であれ犯罪は肯定されるべきではない。
それに、ここに居る人間は皆健康でまともに働こうと思えば働けるはずだ。
市民権が無いから安い仕事しかなく、それで扱き使われるのが嫌という理由でこうしている。
同情の余地はない。
「それで、その人達は何処に居るの?」
「南で一番でかい建物さ。非公式の金貸しをやってるんだが、目立つからすぐ分かる」
青年は嘘は言っていないようだ。しかし、どうにも胡散臭い感じがする。
恐らくロゴス一家が彼等にとっては大きな脅威なのだろう。
そこに現れたアズ達をぶつければ、何か起きるかもしれないという考えなのが見え透いていた。
「そうですか。お邪魔しました」
アズはそう言って立ち去る。
エルザとアレクシアがそれに続いた。
青年達は何も言わずに見送る。
アズ達が立ち去った後、ようやく吹き飛ばされた男が扉を押し退けて立ち上がった。
「いたた、なんで俺は寝てたんだ?」
「吹っ飛ばされたんだ間抜け」
「なにぃ。そういえばガキが居たような……」
「あれが冒険者ってやつかよ。瓶の破片を向けてもびびらねぇ。ガキの姿をしたなにかだぜあれ」
「兄貴、今日はどうします?」
「なんもすんな。あれに睨まれるのはやばい。暫く大人しくした方が良い」
「見ろよこれ、壁がえぐれてやがる」
リーダー格の男はくたびれたイスに座り込み、頭を掻きむしった。
「女だけの集団にここまで虚仮にされるとは。冒険者になった方が良いかもしれねぇなぁ」
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