第218話 悪い連中

 少年の腕を掴んだアズは一旦周囲を見る。

 何人かの通行人がこちらを見ており、何事かと気にし始めていた。

 カフェの店員もこっちへ歩いてきている。


 カフェの前に居たままでは人目を集めてしまう。

 とはいえ、一度会計を済ませたカフェに戻るのもいささか間抜けだ。

 それに尋問すると迷惑になるだろう。


「こっちに来て」


 アズは有無を言わせず少年の腕を引っ張る。

 少年の抵抗は虚しく、引き摺られていく。

 力の差は歴然だった。


 人通り少ない場所を目指すと、自然と南の方へ足が向く。

 移動する度に活気が無くなっていき、治安が悪くなるのを肌で感じる。


「何処まで行くんだよ!」


 抗議は無視する。

 掴んでいるのが可愛らしい外見のアズで、他の面子も女性だからか何事かと見られることはあってもそれ以上の関心は持たれなかった。


 もし性別が逆なら、衛兵が飛んできたかもしれない。

 頃合いを見て路地裏に引き込む。


 エルザとアレクシアが出口を塞いだのを確認してアズは少年の手を放す。

 掴んでいた箇所は赤くなっていた。

 加減はしていたのだが、少し気が逸ったのかもしれない。


「この馬鹿力! なんだよこんな所に連れてきて……人買いに売るつもりかよ」


 少年は威勢こそいいものの、アズに力では勝てない事は理解しており手が震えていた。


「そんな事はしないよ。結局何も取られてないから詰所に突き出したりもしない」

「じゃ、じゃあなんだ。俺は何も持ってないぞ」

「でしょうね。スリをする子供はその日の食べるものにも事欠く位は分かりますわ」

「大丈夫。お話しするだけだからね」


 ヒッとエルザの笑顔に一番少年が怯えた。

 その事実にエルザは地味にショックを受ける。


「ねぇ、スリをするのは初めてじゃないよね。手慣れてたし」

「それは……そうだよ。下手くそは捕まっちまうし。今までは上手くいってたんだ」

「運が良かっただけだよ。もしアズちゃんじゃなくて別の冒険者に手を出してたら腕を落とされてたかもしれないから」


 少年はそう言われて黙る。

 いつまでも上手くいくとは少年自身が思っていなかったようだ。


「最近この都市で犯罪が増えてるって聞いたんだ。何か知ってる?」

「余所者が増えたからだよ。食い詰めた奴らが集まって色々やってるんだ」

「ふぅん、例えば?」

「店で金を抜いた奴を脅して金を巻き上げたり、場所代を取ったり。衛兵に見つからない様に上手くやってる」

「君は参加しないの?」


 エルザがそう聞くと、少年は首を振る。


「あいつ等、新入りに金を要求してくるんだ。払えないと何されるか分かんないよ。集団をまとめてる奴がすぐ殴るって有名だよ」

「なるほど。どこら辺に居るか分かる?」

「南、ずっと南の方だよ。この辺は人は少ないけど見回りはちゃんと来るから」


 治安が悪化するとスラム化するという。

 勝手に住み着く人が現れ、悪事の温床になる。


 ジェイコブはそれを理解しているから治安に力を入れている。

 しかし行政側はどうしても後手に回ってしまう。


 それに少年から聞く限り、なるべく陰で動いているようだ。

 小さな事件では衛兵が本腰を入れて動く事はない。

 今解決できるとしたら、もっと小回りが利くような。


 そう、冒険者に適しているだろう。


「案内して。そしたら解放するよ」

「えぇ……分かったよ」


 逆らっても意味が無いと判断し、少年は諦めてアズに従った。


「ちゃんと案内するから、もう掴むなよ」

「逃げなきゃ掴まないよ」


 少年はアズを警戒しながら歩き始めた。

 アズ達は少年に着いていく。


「罠だったらどうする?」

「手間が省けます」

「同感ですわ」

「もう、血気盛んなんだからー。アレクシアちゃんは分かるけど、アズちゃんまで」

「舐められたら終わりだって、ご主人様に教わりましたから」


 エルザは呆れたように言うが、反対するつもりもないようだ。

 アズは1人で冒険者をしていた頃、外見から侮られる事があった。


 下に見られると相手は何処までも増長する。

 それは危険な兆候だ。

 主人の店がまた狙われでもしたら、と考えるとアズの心中は穏やかではなかった。


 歩いている間に、昼時が過ぎる。

 屋台で揚げた芋を売っていたので少年の分も買い、渡す。


「あ、ありがと」

「お駄賃ね」

「ば、馬鹿にして!」


 そう言いながらも、貰った芋は手放さずに抱えて食べる。

 お腹が空いていたのか、ぺろりと平らげてしまい手についた油も舐め取る。


「行儀が悪いよー」


 エルザが注意するが、少年は知らん振りだ。


 やがて、明確に空気が変わる。


「ここから先に行ったら大きめの宿屋がある。そこが溜まり場になってる」

「本当?」

「嘘はつかねーよ。な、なぁ。もう行っていいだろ? こんなとこ見られたら難癖付けられる」

「分かった。もう行っていいよ。スリはもうしない様に。ちゃんと探せば仕事はあるよ」


 少年は脱兎の様に逃げ出す。

 逃げ足は一人前だった。


「子供の貧困は難しいよねぇ。オルレアンちゃんは仕事はあった訳だし」

「それは行政の仕事ですわ。近いうちにあの代理領主ならなんとかするでしょう」

「とりあえず、行きましょう」


 アズはそう言って一歩踏み出す。

 少年の言った通り、大きな宿屋が見えた。

 宿屋の外に見張りが居る。

 

 見張りの男は近寄ってきたアズに気付き、通せんぼするようにして入口に立った。


「何の用だ? 宿を探してるなら他所へ行け」


 男はみすぼらしい身なりをしており、表情は強張っている。

 どうやらアズを威嚇しているらしかった。


 だが、アズからすれば何も怖くない。

 強力な魔物は覇気と共に尋常ではない殺意を叩きつけてくるのだ。

 それに比べれば、威勢を張っているのが透けて滑稽にしか見えない。


「用があるんです。通してください」

「チッ、ガキが。失せろ」


 そう言ってアズの肩へ手を伸ばした瞬間、アズは剣の柄で男の腹を突いた。

 男は扉ごと中に勢いよく吹き飛ぶ。


「今のは正当防衛ですよね?」

「どうかなー?」

「さっさと終わらせますわよ」

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