第217話 都市カサッドの南側、治安が良くないかも
冒険者組合から得られたのは、朧げな情報のみだった。
小規模な盗みの件数が増えており、どうやらその原因となっているのが窃盗団のしわざではないか。
受付や他の冒険者への聞き込みの結果、そのような結論になった。
「うーん、スリなんかが集まったんでしょうか」
「1人だと大したことが出来なくても、人数が集まれば話は別、と。なるほどねー」
「人が増えた結果ですわね。遅かれ早かれ犯罪は増えるものです」
「孤児院の子は巻き込まれたのか、グルだったのか。まだはっきりしませんね」
続けて孤児院へ向かう。
商人ギルドから委託された管理人が出迎えてくれた。
孤児院はこじんまりとしていたが、建物は綺麗に維持されている。
応接室に通され、小さな緑色のクッキーと飲み物が出された。
「子供達と作ったお菓子とお茶なのよ。少しだけど販売もしているの」
アズが少し口に含む。
ヨハネの所で飲んでいるお茶より色が濃い。
苦みがあるが、その分香りが強い。
人によっては好きだろう。
エルザは一口飲んだだけでカップを置く。
アレクシアは気に入ったようだ。
お菓子は苦くて甘い。
どうやら薬草を小麦粉と練り混ぜて焼いたようだ。
こちらはエルザが気に入った様子だった。
「良い子ばかりなのよ。素直で、勉強熱心で……」
「そのようですね。それで、カナハ・カローリンクさんに関して聞きたいんですが」
アズがその名前を出すと、管理人の顔が途端に渋る。
「窃盗団が店に入ったんですって? きっとさらわれてしまったのね。心配だわ」
「そうかもしれません。ただ、店に来る前に何かありませんでしたか?」
「なにか……? あの子は特別勉強熱心だったの。だから推薦したのよ」
「例えば怪しい集団に通ったり」
「まさか。うちは品行方正な子達ばかりよ」
しばらく話している内にアズは気づいた。
どうやら、管理人の女性は自分の管理責任に関する話はにごす。
そして最後にはうちに居る子達は良い子で、悪さなんかするはずがないと締めくくるのだ。
話を続けても平行線にしかならない。
その事に気付き、話を中断する。
「私の目の黒いうちは、ここは大丈夫よ」
「そうみたいですね」
そういう事にしたいのだろう、とは言わなかった。
ヨハネの元で少しはアズも世渡りを学んでいる。
最後に子供達の様子を見させてもらったが、痩せている子や怪我をしている子は見当たらなかった。
管理人の女性は任された仕事を全うしているようだ。
アズは薬草のクッキーをお土産に持たされ、ヨハネにくれぐれもよく言うように言伝された。
孤児院に問題が無いと伝えると、ようやくホッとしたのか、もし孤児院にカナハが来たら連絡してくれるとも約束してくれた。
「典型的な自分の場所を守りたい方ですわ」
「そういうものなのでしょうか?」
「商人ギルドからの委託だからねー。お賃金も良いだろうし。それにあの管理人の人、足が悪いみたいだからこの仕事を続けたいのはあると思うよ」
アズの年齢ではまだはっきりと理解は出来なかったが、現状維持を望む人が居るのは分かる。
孤児院そのものに問題があるとは思えなかった。
ただし、あの管理人の見えないところで何かをするのは簡単だろうなとは思った。
「居なくなった子はカナハという名前でしたわね。うちの御主人様がわざわざ雇ったのですから、条件は悪くなかったはず」
「窃盗団に協力する理由が無いって話かな?」
「ええ。それなりの年まで孤児院に居たのなら、真っ当に働ける意味は理解しているでしょう」
「数年働けば市民権も手に入るだろう、不思議だねぇ」
「脅されていた、とか」
あの管理人の女性は頼り相手としては適切とは言えない。
一旦中央の街道に出て、腰を落ち着ける為にカフェに入る。
適当に注文し、一旦情報を整理する。
余り有益な情報は手に入らなかったが、それでもそれを頼りにしてなんとか進展させなければ。
落ち込んだヨハネの姿は見たくなかった。
「やっぱり盗みが増えているってのが気になるよねー」
「特にスリと置き引き、でしたわね。正直油断しすぎだと思いますけれど」
「うーん。発生してる場所は偏ってるって言ってましたよね」
「あくまで比率の話だけどね」
冒険者組合で得られた情報を整理する。
都市カサッドは領主の息子が酷い運営をしていた頃は人が減り続けていた。
その際に、特に南側で治安が悪くなっていたようだ。
色々あって徴税官だったジェイコブが代理領主として就任し、税金をはじめとして状況は大きく改善した。
そして流出していた以上に人が集まったのだが、南側の治安が回復しきる前に人が増えてしまった。
結果、一部がスラム化している。
もちろんジェイコブもそれを認識しており、少しずつ対処しているのが現状だ。
「人が多いとそれはそれで大変なんですね。ただお店が繁盛するなと思ってました」
「そうだよー。同じ価値観の人が集まってそれなんだから。もし違う価値観……宗教が違ったりするとそれはもう、ね」
「為政者の頭は常に痛いですわよ。特にスラムは人の出入りも把握しきれませんし」
「アレクシアさんは元貴族でしたもんね」
「ええ」
運ばれた飲み物を飲み干し、席を立つ。
ヨハネから貰っている自由なお金で料金を払い、店の外に出ると一人の少年が近寄ってきた。
アズにぶつかりそうになったので、スッと避ける。
すると、少年の手がアズの懐に潜り込もうとしたので、掴む。
手慣れた動きだった。それに動きも速かったが、アズの目からは逃れられない。
「は、放せよぉ」
少年がもがくが、アズの手はびくともせずしっかりと掴んでいる。
「ちょっと、お話ししようね」
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