第216話 落とし前は付けさせなければ

 慌ただしくカズサが立ち去り、ヨハネ達だけになる。


「それで、窃盗団とはどういうことですの?」


 部外者であるカズサの前で聞けなかったのだろう。

 アレクシアがようやくその事に触れた。


「まあ待て。これを片付けてからにしよう」


 そう言って広げた諸々のアイテムを指さす。

 倉庫の鍵を開け、4人で運び込んだ。

 それなりの量だったが、さすがに人数が多いと片付けるのも早かった。


 高額品のオーブだけはヨハネの金庫に入れる。

 倉庫の鍵はアズ達が出る前よりも厳重になっており、窓には鉄格子が備え付けられていた。


 窃盗団対策なのだろう。しかし鉄格子は分かるが何故倉庫の鍵も増えているのかはアズには分からなかった。


 エルザに茶を入れてくれとヨハネは頼み、椅子に座る。

 そして同時にため息を吐く。


 気弱な姿を見せるのはアズからすると珍しい。

 初めてかもしれなかった。意図的にそういう姿は見せないようにしていたと思っていたほどだ。


 神殿騎士から剣を突きつけられた時でさえ、強気な態度を崩さなかったはず。

 エルザが台所からお茶菓子を幾つか拝借し、お茶と共に持ってくる。


「どうぞー」

「こんなお菓子を……まあいい。人を見る目はあるつもりだったんだが」


 そう言って、クッキーを摘まみ、口に入れて噛み砕き茶で押し流す。

 アズも床に座って、ヨハネの様子を窺いながらお茶を飲む。


「従業員を増やす為に1人孤児院から預かったんだ。勤労意欲もあったし、覚えも悪くなかった。だが数日ほど経ったあと、窃盗団が倉庫の物を盗みに入ってな。同時に居なくなった」


 砂糖をとぷとぷと茶に入れる。

 普段はこんなに砂糖を入れないので、よほどストレスが溜まっているのだろうなとアズは思った。


 甘くなった茶を一息で飲み干し、ポットからお代わりを注ぐ。


「その新しい従業員が手引きしたと?」

「分からんが、状況的にはそうだ。盗まれたのは倉庫と店頭の換金しやすい物で、鍵を渡した日の深夜にやられた」

「ご主人様の部屋には別の鍵が付いてますもんね」

「ああ。もし無かったらまずかったかもな。鍵は全部取り換えたからもう大丈夫だと思うが」


 ヨハネには戦闘力は微塵もない。

 もし襲撃されていればかなり危なかった。


「あらら、被害額はどれ位なんです?」

「金貨で言うと15枚くらいか。金目のものといっても倉庫に置いてあるようなものだからな」

「なるほど。しかし手を出されて放っておく訳にはいきませんわね」

「ですね。落とし前は付けさせましょう」


 アズとアレクシアが立ち上がる。


「お前達、もしかして捕まえるつもりか?」

「当然ですわ。いくら取り締まりがマシになったとはいえ、すぐに捕まえてくれるとは思えませんし。不法は見逃すと碌な事になりません」


 それはヨハネも認識している。

 先ほどの事情聴取でも、一応捜査はすると言われたが明らかに人手が足りていない様子だった。


 人の出入りが増えたことでトラブルが増え、それに対処するだけで手一杯なのだろう。

 税収も増えているので増員もいずれ追いつく。


 だが今ではない。


「迷宮攻略の後だし、休ませようと思ったが……頼む。俺ももちろん協力する」

「任せてください」

「うーん、まぁいいか。頑張ろうねー」


 アズは右手を胸にやり、張り切って引き受けた。


 一旦お開きになり、アズ達は自分たちの部屋に入る。

 ちゃっかりエルザがお茶菓子を拝借していたので、それを三人で分けた。


「意外に弱ってましたわねぇ。珍しい」

「ねー。でも自分が連れてきた子が手引きしたかもしれないって思うと、落ち込むのも分かるよ」

「……優しさに付け込んだなら許せないです」

「お人好しは損するものですわ」

「それは損をさせている人が居るからです!」


 アズはアレクシアの言葉に即答した。

 ヨハネに地獄から引き上げて貰った自覚がある。

 だからこそ、それを仇にして返すような人が居るなら容認できなかった。


「それで、どう探す?」

「孤児院って言ってましたね。お金で転んだのかも」

「まだ決めつけるのは早計ですわ。先入観は判断をゆがめるから」

「それは確かにねー。敵なら倒せば良いけど……ってこういう事に適任がいるじゃない」

「あっ」


 フィンの事に思い当たる。

 ヨハネが先に思いついてもよさそうだが、恐らくショックが大きかったのかも。


「早速行きましょう。盗まれたものを取り戻せるなら、あの人に頼っても問題ないと思います」


 フィンを頼るには依頼料が掛かる。

 それは奴隷であるアズ達にはさすがに荷が重い。


 アズがヨハネの部屋に行くと、ヨハネは帳簿を付けていた。


「どうした?」

「フィンさんに連絡したいんですが」

「ああ、あいつは……暫く連絡が付かん。帝国の揉め事で出張ってる」

「そうなんですか。分かりました」

「だが良い判断だ。期待している」

「はい」


 褒められたアズは、部屋から出てドアを閉めた後に、首から下げた大事なものを仕舞っている袋を握る。


 期待には応えなければ。

 フィンに頼ればすぐ解決したと思うが、居ないのではしかたない。


 アレクシア達と合流し、一旦冒険者組合へ向かう。


 窃盗団というからには、恐らく他にも悪さをしている可能性がある。

 もしそうなら、依頼が出ている筈だ。


 都市カサッドの冒険者組合は、今まで無い位に人がごった返していた。

 アズがヨハネに買われた時は初心者冒険者ばかりだったとは思えない。


 なんとか人をかいくぐり、依頼掲示板の欄を見る。

 沢山の依頼があるが、窃盗団に関しては見当たらない。


 受付に聞いてみると、噂程度は流れているが窃盗団絡みの依頼はないようだった。

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