第207話 身の丈を超えた力

 アズは分類すると軽戦士の扱いになる。

 重い装備は最低限にするか極力避け、敏捷性を活かして戦う。


 その為、相手の攻撃は剣で受けるか回避してダメージは負わない様にする。

 攻撃力を高める為にはスピードを載せる必要がある。


 対して今戦っている血騎士は重戦士だ。

 全身を重く強固な鎧で包み、更に盾を持つ。本来は敏捷性が損なわれることになるが、そこは人間の尺度では測れない。


 凄まじい膂力で鎧を着ていてもアズより早く動く。

 小回りが利かないことだけが救いか。


 血騎士の猛攻をかいくぐりながら剣を振るう。

 しかしそれは巨大な盾で全て弾かれてしまった。


 あの盾が壁として立ちはだかっているのだ。

 騎士ゾンビよりもよほど堅牢に感じる。


 あの盾をなんとかしなければ話にならない。


 アズは灰王の剣を真似て構える。

 血騎士は盾を構えたまま、足を止めた。


「それだ。その構え。なぜお前はそれを知っている? 誰かから学んだのか」

「いいえ。見て覚えました」

「灰王、か。よもや生きている人間が扱う姿をまた見る日が来るとは。因果なものだ」


 そこまで喋ると、再び血騎士が盾を構える。

 封剣グルンガウスを使って盾を攻撃し続けているので、少しずつだが削れていた。

 聖水の効果もそれなりに表れているようだ。


 アズは前に出る。

 血騎士の動きは速く、後手に回ると非常に危険だった。


 魔力を籠めて剣を突き、血騎士の盾に突き立てて削る。

 血騎士が剣で反撃してくるので、目視で確認し回避する。


 二度三度。四度目で回避しきれず、こちらも剣で受けた。

 強い衝撃を受けきれず、後ろに飛んで弾かれるようにして吹き飛ばされる。


「惜しむらくはその体格か」

「余計なお世話です」


 アズは血騎士の言葉を切って捨てる。

 そんなもの、最初から分かっていた。

 無いものをねだってもどうしようもなく、あるもので何とかするしかない。


 アズが屈強な戦士なら、それこそ灰王ならこの血騎士と正面から戦えただろう。

 しかしそうではない。

 その瞬間の最適解を自分で導く必要がある。


 血騎士の盾が崩れ落ちた。

 ようやく破壊できたようだ。


「良い戦士だ。存分に死合おう」


 血騎士が両手で剣を構える。

 それだけで、巨大な姿がより大きく見えたような気がした。


 凄まじい威圧感で、思わず竦みそうになる。

 だが、生きて帰るにはそれではいけない。


 大きく息を吸い、肺に空気を送る。

 剣を強く握り、気力を振り絞った。


 負けが決まった訳じゃない。

 必ず勝機の機会が来る。その瞬間に全力で戦う。


 血騎士が動いた。

 盾を失った血騎士は、更に動きが速くなっている。

 直線距離ならアズよりも速い。


 血騎士が距離を詰め、剣を振り下ろしてきた。

 両手で握られた剣の斬撃はまさに暴力そのものだ。


 完全に回避したのに、剣による風圧で頬に切り傷が出来た。

 剣が叩きつけられた地面がえぐれる。


 加えて、血騎士の剣から血が飛び散ってきた。

 触れただけで危険だと分かってはいるが、回避しきれない。


 左手に降り掛かってしまい、激痛が走るもすぐに聖水で清めた。

 エルザの聖水はしっかりと効果を発揮し、血が洗い流されていく。


 何度か左手を開いて閉じてを繰り返して調子を確認した。

 手持ちの聖水は少ない。


 こんな事を繰り返していればすぐ無くなってしまう。

 血騎士が剣先をアズへと向ける。


「剣のみで勝負が望みだったか?」

「魔物との戦いでそれは無理でしょう」

「そうだな。この身は人間では無くなってしまった」

「それに、剣での戦いはもう十分やりました」


 黒騎士と散々夢の中で剣を交えた。

 あれがあったからこそ、この恐ろしい血騎士と戦えている。


 やるしかない。

 アズの右目の色彩から虹色が浮かび上がる。

 あの血がある限り長期戦は出来ない。


 なら、短期決戦に切り替える。


「その力、創世王の使徒か。人間には過ぎた力だ。それがあるからここに来たのだな」


 アズは何も答えなかった。

 この力は長く維持できない。


 全神経を集中させて、前に出た。

 血騎士もそれに反応し、お互いの剣がぶつかりあう。


 衝撃の際に血騎士の呪われた血が飛び散ったが、水の精霊の力で防がれて血はアズには届かない。


 今のアズはあらゆる力が増加しており、血騎士の剣を受けても吹き飛ばされずに持ちこたえている。

 だが、それでも。


(まだ力負けしてる!)


 本来の力なら、これほど危険な相手であっても力負けする筈が無いと感覚が告げていた。

 未だにこの強力な力を使いこなせていない。

 水の精霊の補助がなければすぐにアズの方が持たなくなる。


 そこからはひたすら剣戟が続いた。


 血騎士の剣は黒騎士よりも更に優れている。

 あと少しで届くというところで全てが防がれてしまう。


 もし手に持っていた剣が他の剣ならば、勝ち目は完全に無かっただろう。

 封剣グルンガウス。持ち主の力次第でどこまでも可能性を持つ剣。


 防がれて尚、封剣グルンガウスは血騎士にダメージを与える。

 創世王の使徒の力が上乗せされ、それは一振りごとに届く。


 アズが無傷なのに対し、少しずつ血騎士の鎧に傷が増えていった。


 血騎士の剣を弾き、一度距離をとる。今のところアズの方が優勢だ。

 ここまで長く力を使ったのは初めてだった。

 鼻血がつーっと流れるのを拭う。


 それに頭痛がする。強すぎる力がアズの体を蝕み始めていた。


 まだ体が動くうちに、倒さなければ負けてしまう。

 魔物に負けるという事は、死ぬという事だ。


 まだ死ねない。死にたくない。

 待っている人が居るのだから。


 アズの意思を反映し、虹色の輝きが強まった。

 

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