第206話 血騎士

 大盾を持った騎士ゾンビの首を刎ねる。

 頭を失った大きな身体がゆっくりと倒れた。


 剣を振り、血のような何かを振り払う。


「今ので最後ですね」

「そうだねー」


 ふと呟いた言葉にエルザが反応した。

 霧に辿り着くまでの魔物を遂に倒しきる。

 新たに湧く様子もない。


 霧の前まで来ると、まるで壁の様に立ちはだかるのが見えた。


「凄い霧……奥が見えないね」


 カズサがそう言って右手で霧に触れる。

 霧の中に入れた右手が外からは見えない。


「変な感じ」

「奥に何かいるのは間違いないですわ」

「ですね。うなじの辺りがピリピリします」

「霧自体はただの霧みたいだけど」


 そこで一度立ち止まった。

 ここで帰るという選択肢も存在するからだ。


 嘆きの丘はそれなりに稼げる場所として名が知られているものの、迷宮の主に関してはあまり情報が出回っていない。

 迷宮の主を無視しても安定した稼ぎがあるからだろうか。


 立ち寄って冒険者組合で集めた情報にも、それは無かった。

 酔っ払いの1人が何か言っていた気がする。


 血騎士がいるぞ、と。


「それで、どうする? リーダーのアズちゃん」

「そうですね……いえ行きましょう。折角ここまで来たのですから」


 そう言ってアズはリボンを取り出し、それを口に咥えて両手で髪を束ねる。

 そして、そのまま結ぶ。


 長い髪を纏めることで、少しだけ動きやすくなる。


「似合うね」

「そうかな?」


 カズサの言葉に少しだけ照れるように返事した。


「私が何か言うまでは止まらないで行きましょう」

「うん。分かったよ」


 アズが先頭に立ち、霧の中に足を一歩踏み入れる。

 視界が覆われて一歩先すら見えない。


 足を踏み外さない様に注意しつつ、ゆっくりと進む。

 もしこの霧の中で襲撃されると対応するのは難しいなと考えながら。


「着いてこれてますか?」


 念の為振り返って声を掛ける。

 しかし返事が返ってこない。


 人影らしき黒い影は見えるのだが、アズが立ち止まっても追いつく様子がない。

 止まるような言葉は言っていない。立ち止まっていれば後ろが追いつくはずだ。


 しかし距離が縮まらない。


 エルザはこの霧はただの霧だと言った。

 アレクシアも特に何も言わなかったので間違いないと思う。


 だが、これはなんだ。


「返事をしてください!」


 アズの声は霧の中で虚しく消えていく。

 マズいと思った。


 この霧は何かおかしい。


 アズが慌てて走った瞬間、足元が崩れる感触がした。


「あっ!?」


 足場を失い、落ちる。

 不思議な事に、落ちているのに霧が晴れない。


 浮遊感を感じながら、着地をどうするか考える。

 霧が晴れないので、いつ地面にぶつかるのか分からない。


 無防備に地面に落下すれば、よくて骨折。場合によってはそのまま死に至る。

 背筋が凍るような感じがした。


「霧……そうだ!」


 霧は水で出来ている。

 それならば水の精霊が関与できる筈だ。


「力を貸して!」


 アズが叫ぶと共に、水の精霊の力か一気に周囲の霧が消えていく。

 すると地面が見えた。とっさに使徒の力を開放し、地面に剣を振る。


 落下の勢いを相殺する事を狙った一撃。

 目論見は成功し、どうにか無傷で着地に成功した。


 地面に両足と左手をつく。


「ここは……?」


 不自然な現象だった。

 上を見ると紅い空が広がっており、何もない。


 落下してきたはずなのに、空しかないのではおかしい。

 まるで空間が捻じれているかのようだ。


「不思議そうだな。小娘」


 アズが声に振り向く。

 奥に、岩に腰かけた男が居た。

 顔はなぜか見えない。


「此処に来たという事は、なるほど精霊の力があるのか。創世王の匂いもする」


 ここは何処だろうか。


「嘆きの丘の天辺だ。もっとも、余人は霧が通さないがな。お前の仲間たちは今頃私の影と戦っている頃だろう」


 男が立ち上がる。

 すると、足元の影から血が湧き出て男にまとわりつき始めた。

 男が一歩アズに近寄る度に血が凝固し、鎧の形を成していく。


 右足、左足、右腕、左腕。

 胴体。そして、兜。


 最後に剣と盾。


 全てが紅い。一言で言い表すならなるほど。血騎士だ。


「私は過去の幻像にしかすぎぬが、私に勝てたものはそういない」

「……あなたを倒せば私は戻れるんですね?」

「そうだ」


 アズは何かの条件を満たしてしまったらしい。

 どうやら戦わずに済む選択肢もないようだ。

 エルザとアレクシアの強力なバックアップもなく、1人で戦わなければならない。


 見ただけで分かる。目の前の騎士は信じられない位に強い。


(怯えていた頃の私じゃない。1人で何とかしなきゃ)


 剣を構える。

 冒険者とは、自ら道を切り開くものだ。


「死力を尽くせ」

「言われなくても」


 手持ちの聖水を封剣グルンガウスに振りかける。

 少しは効果があるだろう。


「良い剣だ。その剣なら私に届くかもしれん。使い手のお前はどうだ?」

「もしかして会話に飢えてるんですか?」


 目の前の血騎士は妙に話したがる。

 そこだけは人間味を感じた。


「ああ、許せ。喋ったのは久しいのだ」


 そう言って血騎士は駆ける。鈍重な見た目でありながら、アズよりも速い。

 その勢いのまま血剣をアズへと振り下ろしてきた。


 使徒の力を使わなければとても受けられない。

 受けた瞬間そのまま押し潰れるイメージが見える。


 咄嗟に横に飛び回避するが、すぐに追撃として盾が迫ってきた。

 だが騎士ゾンビも同じことをしてきたので予測できた。


 盾を足で蹴る。

 力の強さは騎士ゾンビの比ではない。


 大きく後ろへと飛ばされる。


「足癖が悪いな」

「冒険者なので」

「なるほど、確かに」


 アズの言葉に血騎士は納得したようだった。

 出来ることは何でもして戦うのが冒険者だ。騎士とは違う。


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