第205話 あと少し

 景色も変わったが、見た目が変化した魔物達は、能力も様変わりしていた。


 鎧だけではなく、騎士ゾンビの剣も紅く染まっており、振り抜いた際に紅い飛沫が飛び散る。

 アズの右腕にその飛沫が触れた瞬間、猛烈な痛みが襲う。


 一瞬だけ集中が途切れた瞬間、隙を晒してしまった。


 そこにスライムがすかさず飛び跳ねて襲い掛かる。

 アズの対応が一瞬遅れてしまうが、エルザがメイスでスライムの体を薙ぎ払って事なきを得た。


 スライムは宙に吹き飛ばされているが、核は壊れていない。


「これは呪いだねー」


 エルザはそう言って、何やら唱えながら聖水をアズの右腕の傷に振りかける。

 するとジュッという音と共に跡が消え、痛みが引いていく。


「嘆きの丘というだけあって、ここからが本番という訳ですわね」


 宙に浮いていたスライムに火の魔法をぶつけながらアレクシアが言う。

 そう、ここの魔物達は嘆いている。

 何に嘆いているのかは分からないが、それが人間に対する殺意として発揮されているようだ。


「助かりました」


 アズが言うと、エルザがうんうんと頷く。


「重戦士ならともかく、私達だと回避しないとダメですね。当たると結構痛いです」


 幾ら品質が良くても、布くらいの防具では貫通された。

 分厚い金属か何かで遮る必要がある。


「私達のパーティーは身軽さがウリだからねぇ。重戦士はお金かかるからご主人様も避けたんだと思うし」


 そういえば、アズが買われた時は隣に体格のいい戦士が居たがアズが選ばれた。

 あの戦士に見合う装備を考えると、多少アズに背伸びさせた装備の方が安く済むという考えがあったのかもしれない。


 その結果買われたのだからなんら異論はないけれど。


 まだ敵は残っている。

 アズは前に出て騎士ゾンビの注意を誘おうとした。


 しかし騎士ゾンビはエルザの方が脅威と判断したのか、アズを無視してエルザへと駆け寄る。

 重い鎧を着ているにもかかわらず、全力疾走してくる。

 アンデッドの恐ろしいところはこれだ。


 自壊してでも全力で動いてくる。


 アズが剣で動きを遮ろうと試みるが、鎧に阻まれて弾かれる。

 真正面から来るならともかく無視されると効果が薄い。


 足を狙って封剣グルンガウスの能力を使用し、大きく鎧ごと凹ませた。

 しかし異様な走り方に変わっただけで止まらない。


「このっ!」


 アズは更に追撃しようとしたが、全力疾走する騎士ゾンビに距離を離される。


 エルザは自らの祝福を行い、聖水の入った小瓶を騎士ゾンビに投げた後メイスを両手で握りしめた。


「さっきのアズちゃんへのお返し!」


 メイスを大きく振りかぶり、投げた小瓶に向かって振り抜く。

 ガラスの小瓶は粉々に砕け、聖水と共に騎士ゾンビにふりかかる。


 回避不可能な聖水の破片交じりの飛沫が騎士ゾンビを襲う。


「――!」


 声にならない叫びの後、騎士ゾンビの足がようやく止まった。

 紅い模様の場所が特に聖水に反応しているようだ。


 鎧に付いた聖水すら嫌がり、取り乱したように全身を振り回す。

 足が止まれば、後は倒すだけ。


 アレクシアの戦斧が火の魔法で先端が加熱され真っ赤になっている。

 その戦斧で、頭から一気に叩きつけた。


 鈍い音と共に、騎士ゾンビの動きが止まる。

 頭が完全につぶれており、倒せたようだった。


 アレクシアが戦斧を持ち上げて騎士ゾンビから剥がすと、後ろに倒れてそのまま消失した。


 そしてカズサが敵の居ない間にサッと取得品を回収する。


「敵は強くなったけど、手に入るものもちょっと変わってきたね」


 カズサが取得したミスリルの欠片を摘まむ。


「魔力が宿ってますわね。高位の魔物ほど良いものを落とすとは聞いてますけれど」


 ここに居る人間で価値を正確に把握できる人間は居ない。

 目が肥えているのはアレクシアと、職業柄良くアイテムを見るカズサ位だが、どちらの方が価値があるかが少しわかる位のものだった。


 だが、納品先がヨハネなので別に問題はない。

 彼は物の価値が分かるし、専門外なら専門家の伝手がある。


 もし、奴隷でない人生を送っていてこのメンバーで冒険者をしていた場合、買い叩かれそうだなぁとアズは思った。


 頂上と思われる部分は霧に覆われていて、かなり近くなってきたここからでも見通す事は出来ない。

 だが、迷宮の主が居るのは間違いなさそうだ。


 なぜなら、近づくたびに何か恐ろしい存在の気配があるからだ。

 それは他の魔物とは比べ物にならない。


 兎に角、まだ余力はあるので手前までは行かなければならない。

 黒騎士ゾンビはあれから遭遇していないので、やはり特別な魔物だったのだろうか。


「聖水はあとどれくらいありますか?」

「結構使っちゃったから、後15個位だね」

「ちょっと心許ないですね」


 先ほどみたいな時には聖水を使わなければ足を止められない。

 なるべくそうはならない様に努めたいが、絶対はないというのは良く分かっている。


 ここから見る限り、あと数回戦闘すれば霧のある地点まで行ける。


「とりあえず行きましょう。もし聖水を使い過ぎたら諦めて降ります」

「分かったよー。水場があれば追加は出来るんだけど」

「聖水を作るほどの水場は魔力消費が厳しいですわよ」

「だよねー。ここの水は流石に汚染されてて無理だし」


 たまに小川があるのだが、迷宮の外ならともかく迷宮内の小川の水はとても使う気にはなれない。


 何が含まれているのか分からないからだ。

 浄化すれば良いだけだが、エルザのそれも無限ではない。


 飲料水は何とかなるので、緊急手段としたい。


 遠くの騎士ゾンビに石を投げつけて誘い込み、アズが足を止めてアレクシアとエルザで処理する。

 安全策でもあるし、消耗も抑えられる。


 華々しい戦いとは言えないが、安全第一だ。

 スライムが一度カズサの足にくっつく事故があったが、僅かな火傷で済んだ。


 そこで聖水を使用して治療する。


「ごめん、注意が足りなかった」

「多分足元に沸いた奴だから仕方ないよ」

「そういう時の為に余力を残してるのですわ。気にしないの」

「うん。ありがとう」


 あと少しで、霧のある場所につく。


 紅い空の中で濃い霧のある景色は、まさに魔境だ。


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