第204話 不気味な空

 不思議な夢から覚めたアズは、両手を握ってみる。

 さっきまで何が起きたのかをすべて覚えていた。


 早速剣を抜き、確かめてみる。


「どうしたの? 反抗期?」


 エルザがアズの行動を不思議そうに見ていた。

 それを無視して、構える。


 今は一刻も早くこの感覚を確かめたかった。

 夢で体に染みついた一連の流れを再現しようとすると、驚くほど自然に体が動いた。


 どういう理屈かは分からないが、あの夢の中で起きたことは限りなく現実に近かった。


 不思議な現象ではあるが、解明できるような知識もアズには無い。

 気にしても無駄と判断し剣を鞘にしまう。


 今までよりずっと灰王の剣について理解が深まった気がする。

 尤も、理解できたからといって追いついたわけではない。


「凄いねー」


 そう言ってエルザが拍手する。


「変な夢を見たんです」

「ふぅん。それより食事にしようよ」


 エルザはあまり興味が無いようだ。

 鞄をゴソゴソと探り、包みの中から羊の燻製肉を取り出して、ナイフでこそぎ落とす。

 聖職者なのにナイフを使うのには抵抗が無い様子だ。

 聞いてみると、使わないと不便だよ? と不思議そうな顔で返された。


「魔力はほぼ回復しましたわ」


 アレクシアが奥からこちらに来た。

 長い瞑想を終え、魔力は万全のようだ。

 同時にお腹が減ったらしく、可愛い腹の虫が聞こえた。


 咳払いで誤魔化す。


「じゃあ、水をここにお願いします」


 最初にヨハネに貰ってから愛用している鉄鍋を地面に置く。

 アレクシアが居ない頃は飲み水を入れたり、川の水を汲んだりと大変だった。


 川の水を使って一度お腹を壊したこともある。


「はいはい」


 アレクシアがそう言って指先から水を鍋に注ぎ入れ、半分ほどになると小さな火の玉を水の中に入れる。

 魔法による火は魔力が切れるまで消えない。


 火の玉は消火され続け、火が無くなる頃には鍋の中は湯だっていた。


「ありがとうございます」


 アズはそう言って、硬く焼かれたパンをナイフでカットしながら鍋に入れていく。

 パンはお湯を吸ってぐずぐずになっていった。

 エルザがその上から乾燥肉を入れて、かき混ぜる。


 そこに砕いた乾燥ハーブを入れると、パン粥が完成した。


 アズはそれを器に盛り、左手に持ってまだ眠っているカズサに近づいた。

 カズサの顔色は悪い。どうやら悪い夢を見ている様子だ。


 アズが空いている右手で肩を揺らすと、カズサの左手が反射的にアズの方へ向けられる。

 アズはその手をキャッチし、強い力で固定した。

 そこでようやくカズサが目を覚ます。


「……あれ、アズ? 何でここに。そっか」

「落ち着いた?」

「うん、ごめん。もう手を放しても大丈夫」


 アズがそこで手を放す。

 うなされた影響だったのだろう。


「ごめん」

「気にしないで。これ食べれる?」

「……食べる。食べないと持たないのは分かってるから」


 カズサはアズから器を受け取り、スプーンでパン粥を口に入れる。

 咽そうになるが、それでも飲み込んだ。


 カズサの食べる様子を見て、大丈夫だと判断しアズは鍋に戻り、自分の分をよそって食べた。

 塩気と羊肉の旨味にパンの僅かな甘味を感じる。


 腹一杯とはいかないが、それなりに飢えを満たすことが出来たので、後片付けを行う。

 食後に温かい何時ものリンゴ酢のお湯割りを飲み干す。


「それじゃ、行きましょう」


 リラックスできる時間はそれほど長くはなかったが、それなりに疲れは取れた。

 靴の紐を結び直し、つま先で地面を蹴る。


(うん、調子が良い)


 体の使い方が変わった気がする。

 今ならもっと早く上手く動けそうだ。


「アズ?」

「なんですか?」


 アレクシアが不思議そうにアズを見た。


「いえ、その」


 どう言ったらいいのか悩んでいる様子だった。


「子供は成長が早いとは言うけれど……。まあ構いませんわ。なんでもないの」


 そう言って会話を打ち切る。

 カズサは食事をとった事で少し顔色も良くなっていた。


 本人が着いてくると言っている以上は、帰れとも言えない。

 実際居てくれた方がこちらも助かる。


 カズサが収容できる荷物はアズ達三人を合わせた量よりも多い。

 風の迷宮でその重要さを実感している。


 結界を解除し、アズが先頭に立ちゆっくりと周囲を窺う。

 騎士ゾンビが二体。他には居ない。


 手振りで後ろへと指示し、アズは剣を抜きながら前に出た。


 物音で反応した騎士ゾンビの一体を狙い、剣を振り抜く。

 相手の剣を弾き、その上で頭を叩く。


 アンデッドであっても、体のバランスは同じだ。

 体勢が崩れ、後ろに倒れていった。


 もう一体の騎士ゾンビが盾を前にしシールドバッシュを狙ってきた。

 アズは両足で地面を蹴って浮き、盾に両足を置く。


 するとシールドバッシュの勢いでアズが奥に飛ばされるが、すれ違いざまにアレクシアが火の範囲魔法を向ける。


 地面に倒れた騎士ゾンビは何もできずに火に巻かれていった。

 盾を前にした騎士ゾンビはそのまま身を守る。


 火が消える頃には、エルザが盾の目前まで迫り、浄化の奇跡で騎士ゾンビを浄化して戦いは終わった。


 最初に嘆きの丘に来た時に比べて、随分と手早く終わった。

 それはアズの変化が大きい。


「おー、あっさりだね。これならもっと奥にいけるよ」

「ま、そうですわね」

「やっぱり強くなってる……」


 アズを見ての反応は三者三様だった。

 褒められて居心地の悪さを少しだけ感じながら、騎士ゾンビの居た場所からミスリルの欠片を拾う。


 これ一つで幾らになるんだろうか。

 ヨハネがわざわざ指定した場所だ。

 それなりにお金が儲かる場所に間違いはない。


「奇麗だよね。ミスリル」


 カズサがミスリルを眺めていたアズに言葉をかける。


「うん。ちょっと虹色が入ってて、ね」


 耐久性や硬さで戦いの為の武具に使われる事が多いが、装飾品にも人気がある。

 ミスリル鉱石は燃える石などに比べて掘るのが難しいので、魔物産も重要な産出だとヨハネから聞いている。


 鞄に仕舞い、更に進む。


 空は相変わらず不気味なほどに青い空のまま変化が無い。

 だが、かなり進んだ先でようやく変化が起きた。


 嘆きの丘の先端への道に踏み入れた瞬間。


「空が紅い……」


 鮮血の様な鮮やかな赤は、先ほどまでの青さに比べて不吉そのものだった。

 アズは緊張を誤魔化す為に、唾を飲み込み喉を鳴らす。


「進みましょう」


 同意を求める様に仲間に言う。

 返答は肯定の頷きだ。


 出てくる魔物にも変化があった。

 騎士ゾンビ達の真っ白な鎧がまだらの様に赤が混じっている。

 スライムは赤黒く変色してしまっていた。


 漂う気配からして、明らかに強化されていた。


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