第203話 紅い夢

 カズサの疲労が限界だったこともあり、休憩はそのまま仮眠に移行する事になった。


「だ、大丈夫だから」


 カズサは遠慮するようにそう言ったが、目に隈が見えており足も震えている。

 限界まで蓄積された疲労はエルザでも回復できない。


「私が回復させるのは傷であって体力じゃないからねー。傷が治ると元気になったと錯覚しちゃうけどさ」


 とはエルザの言葉だった。

 確かに数えきれないほど回復の奇跡を受けている中で、体力が回復したことは無い。


 という事でアズはカズサの肩を抑える。

 力を殆ど入れずに下に押すと、抵抗らしい抵抗もなくそのまま尻餅をつく。


「ほら、疲れてるんだから休もう」

「……うん。ごめん」


 ようやく自分の状態を把握したカズサは、アズの言葉で休むことを受け入れる。

 そのまま寝袋に入り、僅かなクッキーを食べ、少し水を飲んですぐに眠りに就いた。

 それが食べられる限界だったのだろう。


 カズサの寝息が聞こえてきたので、アズはカズサの髪を少しだけ撫でた。

 あの黒騎士ゾンビから生き延びる為に力を使い果たしていたのか。

 パーティーの全滅もメンタルに強い負荷を掛けている。


 アレクシアは魔力の回復を優先する為、少し奥で瞑想している。

 アズとエルザはそれを邪魔しない様に、休憩しながら小声で喋った。


「どうするリーダー?」

「リーダーはやめてください。ちょっとムズムズします」

「いい加減慣れても良いと思うけどなー。で、最後まで行く?」

「そのつもりです。迷宮はボスを倒してこそ、ですよね」

「まあねー。前はボスを倒しても邪魔されたり、我らがご主人様の命令であとちょっとでボスなのに引き返す羽目になったり」


 ありましたね。とアズは頷いた。

 たしかあの時は太陽神教に持っていかれた。

 持って帰るのは難しかったとはいえ、彼らが来なければ回収する方法もあったと思う。

 


 今でも太陽神教の神殿騎士の顔を思い出すと、胃がムカムカする。


 横取りの事はトラブル回避の為にした事だから良い。お金も代わりに貰ったし。

 だが、ヨハネの首に剣を突きつけたことはまだ許していない。


 腕一本では足りない。次にあったら……。


「怖い顔してるね」

「そう、ですかね」


 エルザの言葉で、知らずに握りしめていた拳から力を抜く。

 危うく爪が皮膚を傷つけるところだった。


 強張った手をエルザが両手で包み、ゆっくりと解していく。


「怒りは強い力を生むけど、復讐に染まるのは良くないんだよ」

「エルザさんは違うんですか?」


 アズはそう尋ねた。

 時折見せる何時もとは違う雰囲気のエルザ。

 その時の目はゾッとするほどに冷たい。


 アズの手を包んでいたエルザの手が止まる。


「どうだろうね。長く浸りすぎて分からなくなっちゃった」

「それはどういう……」

「さ、私達も仮眠しよう。アレクシアちゃんが結界張ってくれたから、私のと併せて結構安全だよ」


 エルザはアズの反論をそう言って逸らす。

 アズは話が逸らされたのは分かったが、エルザの顔を見て聞き直しても答えないだろうと判断して素直に従う。


「本当に良い子だね」


 エルザがそう言ってアズに毛布を掛ける。

 そして、子守歌を歌い始めた。


 瞼が重い。

 素直に睡眠の欲求に従い眠った。


 水の中で、アズは紅い剣を見つける。

 夢だと気付いたのは、かつて見た光景だったからだ。


 紅い剣は先ほど手に入れた黒騎士ゾンビの持っていた物だと思う。

 次第に剣の周りに形が浮かび上がる。


 それは倒した黒騎士だった。

 違いはアンデッド化していない事だ。

 何故か分かる。


 顔はフルフェイスの兜で見えない。


 この世界は水の精霊の世界だと認識している。

 そして水の精霊はアズに協力的だ。


 そう考えるとこの黒騎士は敵ではない事になる。


 黒騎士は何も語らず、紅い剣を構える。

 いつの間にか、アズの手元にも剣が握られていた。

 しかし常に使ってきた愛剣ではない。

 特殊な能力を持たない剣のようだ。


 水の精霊がアズの周りを漂う。


 どういう事か聞こうとしたが、口から空気が漏れるだけだった。

 どうやら戦うしかないらしい。


 一度戦って勝利したが、それはチームでの勝利だった。

 それにアンデッド化しており、技の冴えはそれほどではなかったと思う。


 水の中ではあるが、体に制限はない。

 そして、互いに灰王と同じ構え。


 再び剣檄が始まった。


 最初に剣がぶつかった時、以前より力負けしなかった。

 しかし、それにも拘らず剣が逸らされる。


 そのまま相手の剣が滑るようにしてアズの胸を突こうとした。

 なんとか身を捩り、回避する。


 だが追撃は回避できない。


 そう思った瞬間、相手は剣を引きまた同じ構えに戻る。

 訳が分からず、アズもまた構える。


 すると当然というべきか、先ほどの再現が行われる。

 そしてアズが回避できなくなると相手は剣を引く。


 その繰り返しだった。


 嫌でも分かる。

 これはアズに剣を見せた上で学ばせているのだと。


 それは先ほどの実戦よりも更に密度が濃い時間だった。

 助けがない代わりに、斬られる事もない。


 ただアズが対応できるまで繰り返される。


 どれだけ時間が流れただろうか。

 この世界に疲れはない。


 ただ、頭を使いすぎている為か、次第に体の動きが反射によるものになっていく。

 思考力が落ちて、代わりに勘が冴えわたる。


 段々と相手の剣以外は視界から消えていき、それを追うだけになっていく。

 次の相手の動きが、相手が動いた瞬間に分かると錯覚出来るほどだ。


 そして、その通りに相手が動く。

 そうなれば迷いはない。


 アズの剣もまた相手に劣らないほどの冴えを見せ始めた。


 繰り返す。繰り返す。良い動きをひたすらに。

 以前にダメだった動きは捨てる。


 圧倒的だった技量差が時間が経つごとに埋まっていく。


 そうして、初めて剣が相手に届いた。

 それはまぐれに近かったが、最初に比べれば遥かに成長している。


 すると、黒騎士の兜から覗く口元がニヤリと笑った気がした。


 紅い剣と共に黒騎士が消えていく。

 どうやら、終わりのようだった。


 水が引いていく。

 意識が――目覚める。


「おはよう。よく眠れた?」

「……不思議な夢を見ていました」


 エルザの声で目が覚めた。


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