第202話 この剣は呪われている

 魔物が来ない様に、エルザが聖水を使って陣地を形成する。

 こちらを見ていたスライムが去っていった。

 嘆きの丘の魔物相手だと気休めに近いのだが、それでも奇襲を防げるだけの効果はある。


 適当な場所に腰かけ、アレクシアが温かい飲み物を用意した。


 カズサがそれを受け取る。

 未だに手が震えていたが、体が温まるにつれて次第に落ち着いていった。


「あの人達は中級冒険者のパーティーだったんだ。何度か一緒に色々な場所へ行ってて、腕試しも兼ねて嘆きの丘に行こうって」


 カズサは一旦飲み物を口に含んだ。


「ここの魔物は思ったより強かったんだけど、それでも連携して倒せてた。ただ、スライムに背後から1人襲われちゃって、怪我したんだ。その人は聖職者でさ」

「魔導士が油断しましたわね」

「どうだろう。連戦続きで魔力が厳しそうだったのは見えた。私も警戒はしてたんだけど、スライムはどこからでも来るし。それで陣形が崩れて、一度帰ろうってなったんだ」


 カズサの手が再び震えはじめる。


「そこであいつが逃げ道を塞ぐようにして現れたんだ。応戦したんだけど、最初に魔導士が狙われて、次に狩人が。戦士の人は私を逃がそうとしてくれたんだけど……」

「もういい、分かったから大丈夫」


 アズがそう言ってカズサの背中を撫でる。

 カズサは小さく頷き、暫く沈黙した。

 ようやく、小さく呟く。


「良い人たちだったのに」

「冒険者なんて、明日の命も知れないものですわ」

「そんな言い方しなくても」

「事実ですわよ」


 アズの抗議を涼しい顔でアレクシアはいなした。


「私達だって、何時そうなってもおかしくない。そう思って行動するべきって言いたいんだよねー」


 エルザがそう言うと、アレクシアが鼻を鳴らす。

 指摘は当たっているようだ。


「それで、なんだけど」


 カズサが言い辛そうに切り出す。


「うん。戻るなら協力するよ」

「そう、じゃなくて。もし良かったら同行させてほしい。あの人達と一緒に得たアイテムは私が持っているし、それと合算してもいいから」

「いいの? 無理しなくても」


 カズサは首を振る。

 こういった場合、亡くなったパーティーで得たアイテムの所有権は生存者であるカズサのものだ。


「アズ達はここを攻略するつもりなんでしょ」

「そのつもりはあるよ。無理なら引き返すけど」

「うん。私がこのまま帰ると、あの人達がただ全滅した事になっちゃう。でもアズ達と一緒に迷宮をクリアしたら、少しは供養になるかなって」

「ああ、攻略と引き換えにという形にしたいのね」


 カズサが頷いた。

 それは、ある意味自己満足でしかない。

 彼らはもう全滅してしまっている。

 エルザはそう思ったが、口には出さなかった。


 死者に対する考え方は人それぞれであるし、少しでも名誉ある形で送り出したいという気持ちは理解できたからだ。


「私は構わないと思います。私達だけじゃ途中で荷物が一杯になってただろうし」

「お荷物にならなければ構いませんわ」

「いいよー」

「ありがとう。なるべく自分の身は自分で守るから」

「敵が来たら私の近くで大人しくしていれば良いですわ」


 アレクシアはそう言う。

 強い自信の表れだった。


 休憩を済ませ、燃やしきって灰になった冒険者達に手を合わせて移動を再開する。

 食事はパンを歩きながら食べる。


「さっきの事だけど、アズは強くなったよね」

「そう……かな?」

「うん。少なくとも私にはそう見えた」

「だといいなぁ」


 少し照れたようにアズが言う。

 アズの場合、比較対象の基準がそもそも高すぎる。


 灰王は未だに遠い。

 フィンにはまだ勝てない。

 アレクシアも、結局まだアズより強い。


 ただ成長していると言われると嬉しかった。


 黒騎士ゾンビは特殊な魔物だったのか、遭遇することなく迷宮を攻略していく。

 但し、奥に行くほど魔物が強くなっていくのが感じられた。


 個別に動いていた騎士ゾンビ達が連携を取り始め、数も増え始めた。

 スライムも戦闘中に忍び寄ってくるようになった。


 言ってみれば、迷宮の殺意が増しているのを感じる。


「ここに来て最初に戦った魔物に比べて、戦いにくくなってますね」

「まるで生きてるみたいだねー」


 声を発しないものの、味方の隙を庇ったり畳み掛けて攻撃してきた。

 耐久力や力も上がっている。

 アズだけでは抑えきれず、エルザと協力して何とか対応した。


「進むほど魔物が強くなるのは迷宮の常とはいえ、只強くなるわけではないのは厄介ですわねぇ」


 そう言ってアレクシアが火で熱された戦斧で敵の頭を砕いた。

 圧倒的な火力の前では多少の連携は意味をなさない。


 消耗さえ抑えればの話だ。


「……結構な時間進んでいるのに、空が変わりませんね」

「というか太陽がないね?」

「いっそ不気味ですわ」


 そう。途中で気付いたのだが嘆きの丘に入ってからずっと空は青く、太陽はその姿を見せていない。

 意図的に拒否しているかのようだった。


 夜が無いのは奇襲を避けられて助かるが、時間の経過が曖昧になり疲労を認識し辛くなる。

 もしかしたらカズサのパーティーも、それで引き際を誤ったのかもしれないとアズは思った。


 ただ、今のところは順調だ。

 敵の強さからか他に冒険者達も居ないので気遣いも要らず、多くの収集品を回収できている。


 アレクシアの魔力が少し厳しくなってきたという事で足を止め、長めの休憩をとる事にした。

 敵から挟まれない様に、壁を背にして窪みになっている場所に座る。


「これ、やっぱり呪われてますよね」

「確実にねー」


 黒騎士から得た剣をアズが眺める。

 紅い剣身から呪われた声が聞こえてきそうな禍々しさだ。


「うーん、こういうのが好きな人もいるし、高く売れそう」

「それ本当に言ってますか?」

「一理ありますわ。貴族とか割と飾りたがるのよ。こういう呪われたものは」

「変わってますね」


 アズはそう言って呪われた剣をしまう。

 見事な剣だが、アズには封剣グルンガウスがある。

 無理に使う必要はない。

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