第208話 アズが居ない
アズが血騎士と剣を交えていた頃、エルザ達は魔物の対処に追われていた。
「アズはどこに行きましたの!?」
「分かんないよ。霧が晴れたと思ったらいきなり居なくなっちゃった」
「一瞬声は聞こえた気がするんだけど……」
前衛であるアズが居なくなった為、アレクシアが戦士として前衛を担っている。
魔法は気を窺わないととても使えない。
巨大な戦斧を器用に操り、群がってくるアンデッド達を薙ぎ払う。
最小限の洗練された動きだった。
火の魔法を宿した戦斧の破壊力は凄まじく、数の差をものともしない。
一通り薙ぎ払ったのち、地面に柄を叩きつけ威嚇する。
霧が晴れた瞬間、一行はアズが居ない事に気付いた。
すぐに探そうとしたものの、霧が晴れたことが迷宮の主との戦闘の合図だったらしく囲まれてしまう。
幸い、騎士ゾンビに比べれば弱い魔物ばかりだったので今のところ被害はない。
「気掛かりですわね。今のアズならそう簡単にやられたりはしないと思いますけれど」
「アズちゃんの稽古に良く付き合ってるもんね」
「まだまだ無駄が多いですけれど、ね」
「それはそれで問題だけど、今はあれをなんとかしないと」
そう、弱いアンデッドだけなら何の問題もない。
だが遠くからこちらを見ている刺々しい鎧を着た蒼い騎士が居る。
騎士は動く事なくこちらを観察していた。
最初から微動だにしない。
大きな両手剣を両手で持ち、地面を突いている。
「あれが迷宮の主かしら?」
「多分そうじゃないかな。明らかに強そう」
「不死なる命よ、土に還り新たな制へと旅立たんことを。これでとりあえず、よしっと」
エルザは聖なる祝詞と共に聖水を一瓶と、触媒の青い石を消費して範囲浄化の奇跡を使用した。
青い石が溶けて聖水と混じり、ひとりでにエルザを中心とした陣を生み出す。
その陣から輝かしい光が放たれ、蒼騎士以外の魔物が浄化されていった。
此処にはアンデッドしかいないようだ。
蒼騎士は浄化の奇跡を受けても影響は見られない。
「アンデッドじゃないのかな?」
「それは兜を取れば分かる事ですわ」
アレクシアが戦斧を握り、前に出る。
そこでようやく、蒼騎士は剣を地面から引き抜き一言喋る。
「いざ戦おう」
それは普通の声ではなかった。地の底から響くような、そんな声。
その瞬間蒼騎士の鎧の隙間という隙間から黒い泥のようなものが溢れる。
「なにあれこわいー!」
「そんなこと言ってる場合ではありませんわ! 祝福を早く!」
「分かってるよー」
エルザはアレクシアに向けて聖なる祝福を行う。
アレクシアは祝福の力でより加速し、その勢いを載せて戦斧を蒼騎士へと振り抜く。
蒼騎士はアレクシアの戦斧を正面から受け止める。
戦斧から溢れる炎が蒼騎士の表面を焦がすが、動じる様子は無い。
鎧から溢れる黒い泥は火をものともせず、アレクシアに向かって飛び散ってくる。
アレクシアは戦斧を引き、その泥を弾いた。
「気持ち悪いですわねぇ!」
「アレクシアちゃん、頑張れー! あ、カズサちゃんは危ないから近くに居てね」
「う、うん。分かってます」
蒼騎士はアレクシアを標的と定め、両手剣を天に掲げ振り下ろす。
アレクシアはその攻撃を戦斧の腹で受け流した。
完璧なタイミングだった。早くても遅くても失敗し、戦斧が弾き飛ばされるかアレクシアの大怪我は避けられない。
その衝撃で地面がひび割れる。アレクシアは右足で両手剣を踏み、押さえつけながら今度はアレクシアが戦斧を天に掲げる。
本来アレクシアの体重では例え力を込めても蒼騎士の両手剣を抑えつけられない筈だが、蒼騎士の両手剣は震えながらその場から動かなかった。
「あれどうなってるんですか?」
「あれは魔法を使ってるねー。いくら馬鹿力のアレクシアちゃんでも生身じゃ無理だから」
「誰が馬鹿力ですって! エルザに言われたくありませんわよ」
失礼しちゃいますわと付け加えながら、戦斧を振り下ろす。
衝撃の魔法を使い、戦斧を加速させる。
その際、蒼騎士の両手剣を抑えつけていた魔法の効果が消えるが問題ない。
アレクシアの戦斧が当たる方が先だ。
蒼騎士の両手剣が浮き上がり、右足が乗っていたアレクシアの身体もそれにつられて浮く。
その瞬間、蒼騎士の兜にアレクシアの戦斧が衝突した。
大きな金属のぶつかる音と共に、凹んだ兜が地面に転がる。
アレクシアは宙で二度後転し、着地する。
「お見事ー!」
「すごい……」
後ろからの声援をアレクシアは無視し、戦斧を握りしめて蒼騎士を見る。
まだ終わったという手ごたえはなかったからだ。
アンデッドであってもそれなりのダメージになった筈だが、嘆きの丘の主というだけあり、そう簡単にはいかないようだった。
兜を失った蒼騎士の顔は、形を成していなかった。
溢れていた黒い泥がそのまま中身になっている。
これでは物理的な攻撃がどれだけ効果があるか分からない。
蒼騎士は器用に鎧を動かし、凹んだ兜を掴んで頭に戻す。
それは異様な光景だった。人間ならばああなっては生きてはいないだろうに。
だが、ここは嘆きの丘という迷宮の中だ。
元より異常な場に人間が居るのだから、何が起きても不思議ではない。
「ああ、そうですの。なら、これはどうかしら?」
先ほどの斬撃によるダメージが無いと見るや、アレクシアは不敵に笑った。
戦斧が紅く煌めく。
籠められた魔力が高まっていき、周囲の温度が上昇した。
「あら、アレクシアちゃん本気だね。ちょっとこっちに行こ」
「え、あのエルザさん?」
カズサはエルザに引っ張られ、岩陰に連れ込まれる。
「あのブローチに火の精霊が宿ってから、アレクシアちゃんおっかないんだよねぇ」
「え、なんですかそれ。気になるんですけど」
「後で話してあげるよ」
エルザはそう言うと、岩陰から少しだけ顔を出してアレクシアの方を見る。
手を振って応援も忘れない。アレクシアは見向きもしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます